取得時効と登記①

公開:2025/12/12

2002年1月27日、Aは所有する土地αをBに売却し、代金の一部金を受け引き渡したが、土地については移転登記がされないままであった。その後、Bは土地α上に建物βを建築した。2006年6月3日、Aが死亡してCが相続し、土地αについても相続登記をした。2021年12月20日、Cは自己の債権者Dに対する代物弁済として土地αの所有権移転登記を済ませた。他方、Bは2022年1月頃、土地α・建物βをEに遺贈するために調べた際、土地αがD名義になっていることが判明した。そこで、同年2月15日、Bは2002年1月27日から20年間の経過によって土地αの所有権を時効取得したと主張し、Dに対して土地αをBに帰属することの確認と所有権移転登記手続を求めて訴えを提起した。他方、Dも同年2月20日、土地αはDの所有であると主張し、Bに対して建物βの収去・土地αの明渡しおよび賃料相当額の損害金の支払を求めて反訴を提起した。 いずれの請求が認められるか。 ●参考判例● 大判大7・3・2民録24輯423頁 最判昭和41・11・22民集20巻9号1901頁 最判昭和42・7・21民集21巻6号1653頁 最判昭和33・8・28民集12巻12号1936頁 最判平18・1・17民集60巻1号27頁 最判昭和35・7・27民集14巻10号1871頁 最判昭和36・7・20民集15巻7号1903頁 最判昭和46・11・5民集25巻8号1087頁 ●解説● 1. 取得時効と登記に関する判例法の展開 (1) 判例法の基本原則 時効による所有権取得(162条)も、不動産に関する物権の取得の対抗要件の規定(177条)が適用されるかどうかについては、以下のような判例法が形成されている(百選69・72、奥田116-117頁参照)。以下、土地所有権の時効取得を念頭にして解説する。 (A) 原則Ⅰ(当事者の関係) A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した場合、Bは第三者ではないから、民法177条は適用されず、Bは登記がなくとも時効取得をAに主張できる(参考判例①)。 (B) 原則Ⅱ(時効完成前の第三者との関係) A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成する前に、Aがこの土地をCに譲渡して移転登記した場合、民法177条は適用されず、Bは時効完成後登記なくして対抗しえない(対抗関係)。Bは時効完成後にAがこの土地をCに譲渡し、Bの時効取得完成後にCへの移転登記がされた場合も同様である(これは時効完成後の第三者として取り扱われる。参考判例③)。 (C) 原則Ⅲ(時効完成後の第三者との関係) A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した後に、Aがこの土地をCに譲渡して移転登記した場合、時効完成後に登場できたBには民法177条の適用がなく、Bは登記がなければCに対して時効取得を対抗できない(参考判例①)。ただし、CがAから譲渡を受けた時点で、Bが多年にわたって当該目的物を占有している事実を認識しており、Bの対抗要件の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる特段の事情があるときは、Cは背信的悪意者に当たり、BはCに対して登記なくして時効取得を対抗できる(参考判例①)。 (D) 原則Ⅳ(時効の起算点) BによるA所有地の時効取得の完成後にAから譲渡を受けたCに対し、Bが時効期間を満たす事実を主張する時に、起算点を任意に選べ、Bの時効完成後にCが登場したことを主張する場合には認められない(参考判例④)。これは原則Ⅲが時効の適用の問題解決を骨抜きにしないためといえる。 (E) 原則Ⅴ(時効完成後の第三者の登記後、再度時効完成に必要な期間が占有した場合) A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した後に、Aがこの土地をCに譲渡して移転登記した場合、再度時効取得に必要な期間が経過した場合、民法177条は適用されず、Bは登記がなくともCに対して時効取得(当初の自主占有開始時を起算点とするものを対抗できる(参考判例⑦)。 (2) 判例法の問題点 判例によれば、①第三者の登場時期が取得時効完成の前か後かという、第三者にとって偶然の事情により、対抗要件の提供が左右され、また、④所有権者が無断で占有を開始し、10年経過して短期取得時効が完成した後、第三者が占有を開始してから、Aから移転登記を受けたが、その後もBが占有を続けた場合(本問の場合はこれに当たる)、Bが長期取得時効を援用して原状回復によって生ずる利益に帰することになる。これに対して、①の適用を否定する見解もある。 2. 取得時効と登記に関する学説の展開 (1) 対抗要件規定の適用を否定する見解 学説には、時効取得者Bと第三者Cとの関係に対抗要件規定が適用されない、すなわち、時効取得者Bと第三者Cとの関係は対抗関係にならないとみる見解がある。これは、Bは、たとえ二重譲渡事例における末登記譲受人であっても、占有継続という独自の要件を満たしているので、占有を独立した所有権原初的取得の中の要件とみて、対抗要件(177条)を排除し、時効完成後に登場した第三者に対しても、所有権取得を主張しうる(判例法理の原則Ⅲを否定)とみる(占有尊重説)。また、Bの占有の継続を占有尊重の観点から認める見解(時効制度の趣旨を重視)、⑥対抗要件規定の適用を否定する。これらの見解は、自己の所有権登記がなければ対抗できないとみる見解もある。 (2) 対抗要件規定の適用を肯定する見解 これに対し、時効問題にも対抗問題になるべく同じ視座でみる見解もある。もっとも、①どの時点から対抗問題になるかをめぐり、時効取得による物権変動の時期を特定して、その時期を基点として、②時効完成前の第三者に対しても登記なくして対抗しうる(判例法理の原則Ⅱを否定)、③時効の遡及効(144条)によって対抗関係となる(判例法理の原則Ⅱを肯定)、④かかる第三者が登記を備えた場合に対抗問題となる(判例法理の原則Ⅰを肯定)、⑤これに対し、対抗関係になる場面を限定し、時効取得者Bが登記しなければ対抗できないとみる見解もある(登記優先説)。⑥これに対し、時効取得者Bは登記しなければ対抗できない(判例法理の原則Ⅰ~Vを肯定)とされ、⑦それを踏まえ、時効が確定した場合は、その後に登場した第三者に対しては、登記がなければ対抗できないとみる見解もある。 これらの諸説の実際的対立点は、⑦占有継続を要件とする時効取得をどこまで独自の所有権取得原因とみるべきか、⑧対抗要件を具備するのに具備しなかった時効取得者にどのようなサンクションを与えるべきかにある。判例法理を支持する②説およびこれを一部制限した⑥説、これら⑦⑧の考慮の調整を図ったものと解する⑤(判例法理の問題点(前述1(2)⑥⑦)に対応する回答。なお、前述1(2)①の問題点については、善意・無過失の占有者(短期取得時効取得の要件を具備した者)が、長期取得時効完成後、取得時効完成前に登場した第三者に対し、登記なくして時効取得を対抗できても、自己に不利になる短期取得時効の主張を強いられる理由はないから、均衡を失するとはいえない。前述1(2)⑤の問題点については、たしかに時効完成によるBの時効取得の効果は占有開始時に遡及するから(144条)、判例法理の原則Ⅱは、BがAからの所有権取得(その効果は援用によって確定する)を登記なくしてCに対抗できることを認めたものと解することになるから、登記がなくとも保護されてよいことの理由を説明すべきことになろう。例えば、時効完成前は時効による所有権取得を登記できないではないかという説明など)。 ●関連問題● 本問において、DがCから土地αの代物弁済を受け、所有権移転登記を取得した時期が、2022年2月1日だった場合、結論はどうなるか。その際、Dが土地αをBが占有していることを知っていた場合はどうか。 2002年1月27日、A所有地αの一部について隣地所有者Eが自己の宅地の一部と信じて固縛および鉄石を設置し、占有を開始した。2021年12月20日、Aが土地αをCに売却して移転登記した。Cが建物を建設するために土地αを測量したところ、その一部をEが不法に占有していたことが判明した。そこで、Cは2022年2月15日、Bに対し、鉄砲および石・囲障の撤去および当該土地部分の引渡しを請求した。Cの請求は認められるか。また、Bはどのような反論(屈折の提起を含む)が可能か。 ●参考文献● 松久三四彦・不動産百選98頁・90頁 山田卓生・百選Ⅰ(第5版)(2001)116頁 村田健介・百選Ⅰ116頁 呉=小泉明・民事法Ⅰ 281頁

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取得時効と登記②

公開:2025/12/12

Aはその所有する土地α上で製材所を経営していた。土地αの隣にはAの伯父Xが所有する土地β(地目は山林、500平方メートル)があり、AはBの許可を得てこれを製材所に出入りする車両の駐車場として無償で利用していた。2001年3月17日、BがAの製材所に立ち寄った際、Aが土地βを譲ってもらえないかとBに話したところ、資産家であったBはこれを承諾した。そこで、AはBに対し口頭で手許にあった50万円を支払い、残代金の支払方法や登記手続の詳細は後に相談することにした。しかし、土地βについては残代金の支払も登記もされないままであった。2010年5月25日、Bが死亡し、Bの子のCが相続して、Cは土地βについて、相続登記を具備した。CはBの生前に土地βのAへの売却については何ら聞いていなかった。Cは自分が役員を務めているD会社がE銀行から融資を受けるために、2011年8月7日、土地βにつき、Eを抵当権者とする極度額3000万円の根抵当権の設定契約を締結し、同日登記を完了した。その後、Dは経営に行き詰まり、Eに対する債務も返済不能となった。そこで、Eは2021年10月23日、土地βについて抵当権の実行を申し立て、それに基づく競売手続開始決定が行われ、土地βの差押えが行われた。土地βの差押えについて知ったAは、Cに問い合わせたところ、上記事実が判明した。この場合において、AはEに対してどのような主張をすることができるか。 ●参考判例● 大判大正9・7・16民録26輯1108頁 最判昭和43・12・24民集22巻13号3366頁 最判平成24・3・16民集66巻5号2321頁 最判平成15・10・31判時1846号7頁 最判平成23・1・21判時2105号9頁 ●解説● 1. 取得時効の対象不動産に対する所有権取得と抵当権取得の展開 取得時効と登記に関する判例法理(→本章V)は、取得時効の対象となる不動産につき、第三者が所有権を取得・登記した場合だけでなく、第三者が抵当権の設定登記を受けた場合にも当てはまると解される。すなわち、第三者の所有権取得に関する原則I~Vは、第三者の抵当権取得に関しても、以下のように言い換えられる(百選74、後掲118-119頁参照)。ここでも、土地所有権の時効取得を題材にして解説する。 (A) 原則Ⅰ(当事者の関係) A所有地についてBにこのための抵当権が設定されていた場合において、同じ土地についてCにこのための根抵当権の債務者または抵当権設定者A以外の者)が占有を開始し、取得時効が完成した場合、Bは抵当権の負担を前提としていない限り(抵当権の存在について善意であっても)、抵当権の負担のない土地所有権の時効取得を登記なしに主張できる(参考判例①、397条参照。なお、最判昭和42・7・21民集21巻6号1643頁は、土地所有権の取得時効完成前に、抵当権が設定登記された不動産について所有権を取得し、移転登記をした競落人に対しても、時効取得者は登記なしに対抗できるとした)。 (B) 原則Ⅱ(時効完成前の第三者との関係) A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成する前に、当該土地に第三者Cが抵当権の設定を受けた場合、占有者はBは当該第三者Cに対し、抵当権の存在を容認していた等、抵当権の存続を妨げる特段の事情がない限り、抵当権の負担のない土地所有権の時効取得を登記なしに主張できる(参考判例②)。 (C) 原則Ⅲ(時効完成後の第三者との関係) A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した後に、当該土地に第三者Cが抵当権の設定を受けた場合、占有者はBは当該第三者Cに対し、時効取得を登記なしに対抗できない。 (D) 原則Ⅳ(時効の起算点) A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した後に、当該土地に第三者Cが抵当権の設定を受けた場合、占有者が時効の起算点を任意に後ろにずらし、当該第三者Cが時効完成前に登場し、その後に時効が完成したと主張することはできない。 (E) 原則V(時効完成後の第三者の登記後、再度の時効完成に必要な期間占有が継続した場合) A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した後、当該土地に第三者Cが抵当権の設定登記を受けた場合において、占有者がBが、当該抵当権の設定登記の時点から、時効取得に必要な期間引き続き占有を継続したときは、抵当権の存在を容認していた等、抵当権の消滅を妨げる特段の事情がない限り、占有者はBは当該第三者Cに対し、時効取得を登記なしに対抗できる(参考判例③)。 2. 抵当権の認定登記の時効取得の再建と時効取得の時期 不動産の占有者が、取得時効完成、かつ抵当権の設定登記も、抵当権の設定登記を知らずに占有を開始し、あたかも時効取得に必要な期間が経過した場合について、参考判例④は、抵当権は「抵当権の設定登記の日を起算点として、……時効取得し、その結果、……抵当権は消滅した」とする。この占有者は、①抵当権設定登記の日を起算点として不動産を再度時効取得すると解すべきか(参考判例③法廷意見)、あるいは②当初の占有開始点を起算点とする時効取得から抵当権設定登記時からはじまると解すべきか。解釈の余地がある。問題設定によれば、抵当権設定による長期取得時効(20年、162条1項)の完成後、抵当権設定による短期取得時効(10年、同条2項)の完成後、善意・無過失の占有者による短期取得時効の経過が必要となるべきであろうか。 3. 抵当権の時効取得を妨げる「特段の事情」 参考判例③がいう「抵当権の存在を容認していたと認められるような特段の事情」としては、どのような場合が考えられるであろうか。これに当たると解される判例として、参考判例③の他に、占有者が、抵当権の被担保債権の存在を前提として、その債務の弁済猶予の願や債務の一部の弁済をしたとき、被担保債権の存在を前提として、後に土地の所有権移転登記を求めないと述べ、10年余にわたって述べなかったこと(もっとも反対意見あり)、再度の時効取得中に開始された担保不動産競売の配当期日に買受代金が配当されなかったことなどが挙げられる。 4. 賃借権を援用した時効取得と抵当権との関係 所有権の時効取得に関する以上のような判例法理は、賃借権の時効取得の場合にも同じように妥当するであろうか。すなわち、賃借権の時効取得が完成した場合、抵当権が設定登記され、占有者がそれを知らずに時効期間に必要な期間の占有を継続した場合、占有者が賃借権を時効取得するに際して対抗要件である賃借権の登記を備えていなかった場合、賃借権の時効取得の時期は占有開始時まで遡及する(144条)が、登記なくして第三者に対抗できないとするのが判例である(参考判例⑤)。 32 共同相続と登記 Aは、その所有する居宅、書斎、宅地Cと一人暮らしならびにCの夫Eと一緒に暮らしていたが、2022年2月1日に死亡し、居宅とCの敷地(以下、「本件不動産」という)を含むAの財産は、妻Bと長男Cが法定相続分に従い共同相続した。 ところが、Cの夫Eは、本件不動産を担保にDから借り入れすることを企て、Cに対し相続登記の申請の代理の用意をおし、Bを騙して家庭裁判所に提出した、B宛に送付されてきた遺産分割協議書・印鑑証明書を用いて、本件不動産につきAからBに相続を原因とするB単独名義の所有権移転登記をC名義の被相続人に提出し、Cの偽造名義で、Dとの間で、Cを物上保証人とするBの金銭消費貸借契約を締結し、Dを抵当権者とする抵当権の設定登記を経由した。 その後、以上の経緯をEから打ち明けられたBは、Eの行為を追認したが、Bは、この他の相続財産ならびにCからのDの借金の返済を請求された。Bの持分を除外する更正登記を求めた。 これに対して、Dは、民法177条を根拠に、Bによる物権変動は、登記をしなければ、善意無過失のDに主張することができないと主張している。 B、Dのどちらの主張が認められるか。

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共同相続と登記

公開:2025/12/12

Aは、その所有する居宅、書斎、宅地Cと一人暮らしならびにCの夫Eと一緒に暮らしていたが、2022年2月1日に死亡し、居宅とCの敷地(以下、「本件不動産」という)を含むAの財産は、妻Bと長男Cが法定相続分に従い共同相続した。 ところが、Cの夫Eは、本件不動産を担保にDから借り入れすることを企て、Cに対し相続登記の申請の代理の用意をおし、Bを騙して家庭裁判所に提出した、B宛に送付されてきた遺産分割協議書・印鑑証明書を用いて、本件不動産につきAからBに相続を原因とするB単独名義の所有権移転登記を経由した。 その後、以上の経緯をEから打ち明けられたBは、Eの行為を追認したが、Bは、この他の相続財産ならびにCからのDの借金の返済を請求された。Bの持分を除外する更正登記を求めた。 これに対して、Dは、民法177条を根拠に、Bによる物権変動は、登記をしなければ、善意無過失のDに主張することができないと主張している。 B、Dのどちらの主張が認められるか。 ●解説● 1. 民法177条の「物権変動」の範囲・「第三者」の範囲 民法177条の「物権変動」の範囲・「第三者」の範囲について、本問Dの主張する判例・学説の立場から確認しておく。 わが国の対抗要件主義の母法であるフランス法は、①登記をしなければ対抗することができない「物権変動」、②登記をしなければ対抗することができない「第三者」のいずれに関しても、条文上の限定を置いていない(⑥「物権変動」に関する法は、法律行為(意思表示)ならびに判決による物権変動に限定する制限説、⑥「第三者」に関する法は、登記を備えた第三者に限定する――したがって第三者もまた登記能力のある物権変動でなければ法律行為または判決による権利取得者に限定される――制限説)。 そして、この立場は、ボワソナード民法においても同様であった。だが、これに対して、現行民法は、⑤「物権変動」、⑥「第三者」のいずれに関しても、文言上制限を設けていない。これは、フランス法・旧民法からの意図的な変更であり、現行民法起草者は、⑥すべての物権変動は、⑥すべての第三者に対して、登記をしなければ対抗できないとすることによって(ⓐ・ⓑ要件とも無制限説)、登記中心の取引社会を確立しようとしたのである。 しかし、このような成立要件主義に等しい過激な立法に、当時の社会はついていけなかった。現行法施行される前には、旧民法を参考にして判例が下されていたので、現行民法が施行された直後より(④「物権変動」要件・⑥「第三者」要件に関する法において)、現行民法の無制限説に立つ判例と、現行民法の無制限説にならう判例が現れて、民法177条の適用範囲の解釈に混乱が生じたのである。 (2) 明治41年12月15日大審院民事部連合部判決 そこで、大審院は、明治41年、同日付の2つの民事連合部判決により、②「物権変動」要件については現行民法起草者の趣旨に反するとの批判をうけながらも、一方、⑥「第三者」要件については、第三者(当事者およびその包括承継人以外の者)の中でも、特に「正当ノ利益」を今日の表現では「正当な利益」を有する者に限って第三者に限る旨の制限説を採用することで、判例統一を図った(⑥「物権変動」要件につき判例明治41・12・15民録14輯1308頁、⑥「第三者」要件につき大判明治41・12・15民録14輯1276頁)。 (1) 相続を登記なくして対抗できる相手方 相続は、相続人が被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(896条)包括承継である。相続人は、被相続人の地位をそのまま承継するのであって、民法177条が適用を予定する「第三者」に当たらないから、相続による物権変動は、登記なくして対抗できるのが原則である。 (2) 死亡に対して登記なくして対抗できない相手方 これに対して、相続に関する登記なくして対抗できないのは、Aの死亡によって、法定相続分を超える部分については、DがAを理由とした相続登記を経由したうえで(登記なくして対抗しえない、登記をしなければ対抗できない)、相続登記を具備した第三者に対抗できないのである。 2. 判例法理の展開 (1) 昭和38年2月22日最高裁判決(参考判例①) 昭和38年の最高裁判決により、相続財産の登記は、相続人の一人によっても、共同相続人の全員のために、法定相続分に応じて、これを行うことができる(252条ただし書)ことから、相続財産に属する不動産につき、単独所有権移転登記をした共同相続人の一人から、その不動産の所有権を譲り受けた第三者に対して、他の共同相続人は、自己の持分が単独登記名義人の下にあることを登記なくして主張できるものであり、登記なくして対抗しうる(最判昭和38・2・22民集21巻1号16頁)。 この場合、甲の相続人は、登記なくして対抗できるとするのが判例である。 (2) 昭和42年1月20日最高裁判決(参考判例②) これに対し、甲の相続人は、登記なくして対抗できるとするのが判例である。この見解は、登記なくして対抗できるとするのが判例である。 (3) 昭和46年1月26日最高裁判決(参考判例③) これに対し、甲の相続人は、登記なくして対抗できるとするのが判例である。 3. 「対抗の論理」と「権利の論理」 昭和38年最高裁判決(参考判例①)は、結論だけをみれば、民法177条の「物権変動」要件につき、フランス法・旧民法と同様、意思表示による物権変動に限定する制限説を採用した場合と変わらない。しかし、その法律構成は、明治41年民事連合部判決の維持した①「物権変動」無制限説、⑥「第三者」制限説の判断枠組みを基本的に維持しており、もっぱら⑥「第三者」要件の不足を理由に、民法177条不適用の結論を導くものである。ここで用いられているのは、「対抗の法理」と「権利の法理」ないし「公示の原則」と「公信の原則」の振り分け論である。 明治41年民事連合部判決のうち、⑥「第三者」制限説民事連合判決は、「正当ノ権原ニ因ラスシテ権利ヲ主張シ或ハ不法行為ニ因リテ損害ヲ蒙リタル者ノ類ハ皆第三者ト称スルヲ得ス」(後の判例の「第三者」には該当しないとしている。(最判昭和25・12・19民集4巻12号660頁)。したがって、C→A→Bの相続による権利取得もまた登記をしなければ対抗することができない物権変動であるとしても、CないしDが無権利者ないし無権利者からの取得者であったならば、Bは、登記がなくてもCないしDに対抗することができる。 他方、「正当な利益」を有する第三者については、権利者からの取得者であるとするのが、今日の判例・通説の立場である。その背景には、二重譲渡の法的構成に関する次のような理解が控えている。すなわち、民法176条の意思主義にもかかわらず、A→Bの第1譲渡の後も、Bが登記を経由するまでは、Bの取得した権利は、相対的効力しか有さない物権(相対的効力説・関係的物権説)にすぎず、完全な物権(絶対的効力説)の帰属は確定していない。民法177条は、登記の経由によって、初めて、絶対的効力・完全な物権が確定するとする。 このような立場に立つと、譲渡人Aは、B→C間の後においても、いまだ完全な権利者であるから、Bを介さずに自己の権利をCに譲渡しうる。この場合のCは、権利者からの取得者ということになる。 (1) 共同相続と登記 その結果、「共同相続と登記」の問題は、A→B・Cの共同相続において、Bの取得した持分に関して、Cを権利者と評価できるかという点に帰する(最判昭和38年最高裁判決)。Cは、今の引用判例によると、Cは無権利者からの取得者であり、したがって、Bの無権利者からの取得者である。しかし、Cの権利取得者Dも、Bの持分に限り無権利者からの取得者であると評価した(無権利の法理)を適用。 しかし、学説の中には、「共有持分(持分権)の弾力性」を根拠に、判例に反対する見解もある。B・Cの共有不動産につき、C単独名義の登記がされている状態は、この不動産上に存在するBの所有権という物権が登記のないのと同じであるから、Bの不動産について登記がされている。 (2) 被相続人の生前処分と登記 これに対して、「被相続人の生前譲渡と登記」が問題となる。Aが生前に不動産をBに譲渡したが、Aが登記を具備しない間に死亡し、Aの相続人Cが相続を理由に、Bを譲渡した不動産について登記を経由したうえでDに譲渡した場合においては、Bの相続人C(「登記簿上の名義人」)と同じく「当事者の承継人」(「第三者の法理」の適用が用いられる。すなわち、Dは、Aに代わって登記を備えており、Bはその権利を主張することができる)。 (3) 「無権利の法理」の援用 これに対し、「無権利の法理」の振り分け論であった。Cの相続権者DがAに無権利者であり、Cからの譲受人Aは無権利者からの取得者であるから、Bは登記なくしてDに対抗できる(「無権利の法理」の適用)。 (4) 遺産分割と登記・相続放棄と登記 Aの長男Bは、遺産分割の結果、不動産を取得するとされたが、Bが単独名義の相続登記を経由する前に、Cの債権者DがCの法定相続分を差し押さえた場合(遺産分割と登記)、BはCに対抗することはできない(899条の2第1項→本章Ⅲ)。 これに対して、A・B・CのうちCが相続を放棄した場合、Bが単独名義の相続登記を経由する前に、Cの債権者DがCの法定相続分を差し押さえた場合(相続放棄と登記)、BはCに対抗することができる(参考判例③)。 遺産分割・相続放棄は、いずれも効果が相続開始時に遡及する点(909条・939条)、「取消しと登記」(→本章Ⅴ)や「解除と登記」と同じく「復帰的物権変動と登記」の一類型と位置づけることもできるが、このうち「相続放棄と登記」の論点に関しては、相続放棄の遡及的効果を第三者に対しても登記なくして対抗できるとして、結果的に相続人となったBを第三者に保護させるのである。 (5) 遺贈と登記・死因贈与と登記 「死因贈与と登記」の論点に関しても「対抗の法理」が適用される。死因贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定が準用される(554条)。だが、そのため、包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する(990条)。そのため、遺贈を死因贈与に近づけた場合には、「遺贈と登記」の論点に関しても「対抗の法理」を適用する方向に傾くが、これに対して、少なくとも包括遺贈については相続と同様に「包括遺贈と登記」の論点についても「対抗の法理」を適用すべきである。 ●発展問題● 本問において、自己の持分に関する更正登記ではなく、Cの単独名義の相続登記ならびにDの抵当権設定登記を抹消し、Bの持分を持ったうえで、自己の持分に関する更正登記を判決で決定することができるか。

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遺産分割と登記

公開:2025/12/12

Aは、2015年7月7日に、従前から所有していた土地甲に建物乙を新築し、それ以来、妻Bと子Cとともにそこに居住していた。A・BにはCの他に子Dもおり、Dはすでに独立していた。2018年3月3日、AはDのために分譲マンションの1室丙を購入し、自らを所有者として所有権保存登記をしたうえで、同年4月1日に丙をDに無償で譲与し、それ以来Dはそこに居住していた。なお、Dは、Aとの折り合いは良かったが、B・Cとの仲はかねてより悪かった。2020年5月5日、Aが死亡し、B・C・Dが相続人となった。そして、B・C・D間において遺産分割協議がなされ、甲と乙をB・Cの共有とし、丙をDの単独所有とする旨の合意が、同年12月1日になされた。 そこで、2021年1月15日に、BとCが甲と乙の登記を確認したところ、Dが法定相続分に基づいて甲乙の所有権の持分を4分の1の割合で共有している旨の相続登記が2020年6月1日付けでなされていたことが判明した。しかも、Dは、その甲乙に関する持分をEに対して同月10日に売却していた。 これに対して、Cは、2021年2月1日、丙の所有権の持分を法定相続分に基づいて4分の1の割合で共有している旨の相続登記をし、同月15日にその持分をFに売却した。 現在は、甲乙について、B・C・Dの法定相続分を共有持分割合とする共同相続登記がなされている。E・Fはいずれも、それぞれが取得した共有持分について移転登記を経由していない。 以上の事実関係に基づき、BがCに対して甲乙の所有権が自らにあることの確認を、DがFに対して丙の所有権が自らにあることの確認を、それぞれ求めた。これら請求は認められるか。 ●解説● 1. 相続における遺産分割の意義 被相続人が死亡し、相続人が複数存在する場合に、遺産は共同相続人全員によって共有されている状態となる。しかし、この共有状態のままで相続が生じることは、各相続人が遺産を管理したり利用したりするに当たって不都合が生じうることは、明らかである。そこで、この遺産共有状態を解消し、遺産に含まれているそれぞれの財産が具体的にどの相続人に帰属することになるのかを決める必要である。遺産分割はそのための手続であり、共同相続人間の協議によってなされる。 遺産分割は、遺産に属する物や権利の種類や性質、共同相続人の年齢や職業や生活状況など、一切の事情を考慮して行われる(906条)。したがって、遺産分割の内容は、共同相続人の意思によって原則として自由に決めることができる。相続開始後いつまでに遺産分割をしなければならないかについては、特に定めがない。むしろ、遺産分割協議は、共同相続人いつでも遺産分割協議を行うことができる(907条1項)。もっとも、相続開始から10年以内に遺産分割をしないと、その後は特別受益(903条・904条)や寄与分(904条の2)を遺産分割において主張することができなくなる(904条の3)ことには、注意を要する。なお、共有物分割協議の場合には、裁判による共有物分割(258条)をすることができるが、遺産分割手続によらねばならない(258条の2第1項)。ただ、相続開始時から10年が経過すると、遺産に属する共有持分についても裁判による共有物分割を行うことができるようになる(同条2項)。 そして、遺産分割の効果は、相続開始時に遡及する(909条本文)。遺産分割に遡及効があることから、民法は、原則として、共同相続人は相続による相続人の遺産から遺産に属する個別財産を直接取得したと理解していると考えられる。 2. 遺産分割前に登場した第三者 遺産の共有状態がなかったことに、これを前提に、遺産分割、遺贈、死因贈与は、権利の移転における第三者の権利を妨げることはできない(909条ただし書)。判例は、遺産分割前の第三者との関係においては、共同相続人による遺産共有状態を経て、これらによって分割された個別の物権変動が生じた場合(参考判例①)、これに鑑みると、状況に応じて、信義則主義ではうまく移転主義の考え方が採用されているともみることができる。 また、相続の放棄をすると、その相続人ははじめから相続人ではなかったものとみなされる(939条)。つまり、相続の放棄にも遺産分割と同じく遡及効がある。しかし、遡及効から第三者を保護する規定は存在しない。この理由として、相続の放棄を申請するためには、相続人が自己のために相続が発生したことを知った時から3か月の熟慮期間がある(915条1項)ことが挙げられる。このことから、相続の放棄の絶対効は、遺産分割よりも徹底されているとみることができる。 遺産分割前に登場した第三者の保護について正面から論じた判例はまだないとされているものの、このような考え方を前提に、書斎のDが法定相続分の範囲内の持分をEに譲渡されたもので、遺産分割の効力がDに及ぶとされていることから、法定相続分を超える部分について、民法909条ただし書の適用がある。Eに譲渡されたのはDの法定相続分の範囲内の持分であり、この点については、Eが保護されるべきである。 3. 遺産分割後に登場した第三者 これに対して、事例における丙は、B・C・Dによる遺産分割の合意がなされた後に、FからEに対して売却されている。したがって、Fは遺産分割後に登場した第三者ということかできる。民法909条ただし書は、遺産分割の遡及効を制限する規定であるから、そこで定められている第三者としては、遺産分割前に登場していることが前提とされている。このため、遺産分割後に登場した第三者を同条ただし書を適用して保護することはできない。 しかし、判例は、遺産分割後に登場した第三者につき、遺産分割の性質について、「相続により共同相続した財産につき、遺産分割により法定相続分と異なる権利を取得し、または、これと異なる割合の持分を取得した相続人が、その旨の登記を経由しない間に、右財産につき権利を取得した第三者に対し、自己の権利の取得を対抗しえない」と解し、民法177条を適用した。 4. 対抗の法理と無権利の法理 以上の記述によると、遺産分割について第三者については民法909条ただし書を適用し、さらにその解釈として第三者を遺産分割前に登場した者に適用し、判例と異なり、遺産分割後に登場した第三者について対抗要件法理を適用しており、結局は両者において民法177条を適用しており、この両者における扱いの異同は、現在においては民法899条の2の適用により解決されることとなる。 この点において、遺産分割前に登場した第三者については民法94条2項を類推適用して保護されるため、第三者との間の関係には登記の要否が求められることとなる。第三者の善意の登場場面には登記上の主張を信頼した者との関係についても同条2項が適用されるからである。 もっとも、学説においては、遺産分割の遡及効(909条本文)を重視して、遺産分割によって当該権利を取得した相続人を無権利者と解して、その無権利者から相続人を通じて取得する行為に当たって第三者を保護する。 5. まとめ 遺産の登記に基づく権利取得の場合には登記がなくても第三者に対抗できると解していたが、判例はこの解釈を改めていた。 もっとも、遺贈がなされた場合に第三者が現れたケースに対しては、民法899条の2ではなく民法177条が適用されると解するのが有力である(民法899条の2を適用するにせよ、民法177条を適用するにせよ、これらはいずれも問題を対抗関係でみて登記をもって優劣を決するという点においては変わらない。すなわち、対抗の法理の採用である。)。 改正後の判例ではあるが、最判昭和39・3・6民集18巻3号437頁(→本章VⅢ)は、2021年の不動産登記法改正(2024年4月1日施行)により、所有権の登記名義人について相続が生じた場合(相続登記と申請することが義務化された(不登76条の2第1項))、相続により所有権を取得した者は、自己について相続が生じたことを知り、かつ、当該所有権を取得した日から3年以内に、所有権移転登記の申請をしなければならない(同条1項)。 ●発展問題● 不動産丁を所有していたGが死亡した。Gの妻HはGとともに丁に数年前より居住していた。G・Hには子Iがおり、Iはすでに独立して別の場所に居住していた。HとIの話し合いの結果、Hが丁に住むことになり、IはHが相続放棄をしたが、丁の所有権の登記はG名義のままになっていた。しかし、その後Iの債権者JがIに代位して、Iが丁の所有権の持分を2分の1の割合で共有している旨の相続登記をしたうえで、その持分の仮差押えをし、その登記がなされた。 以上の事実関係に基づき、HはJに対して仮差押えの登記の抹消を請求することができるか。 ●参考文献● 作内良平・百選Ⅲ 146頁(参考判例①) 山本敬三・百選Ⅲ 148頁(参考判例②)

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遺言・遺贈と登記

公開:2025/12/12

Aは、先立たれた妻との間に長男Bと次男Cがおり、所有する不動産甲(建物と敷地を一体として称する)でBと同居していた。Aは、80歳を越えて身体が不自由になった後は、Yが通いでAの介護をした。他方で、Bは働かず、Aに生活費や遊興費を無心して浪費を重ねた。Bは遺言書がないと、金融業者Xに対して貸付けを申し込んだが、信用がないと断られたので、「Bをいずれ自分のほうにもらうことになるから、これをタネに売る」と力説し、Aにも懇願して、渋々ながら、そうなる旨一筆もらい、これを差し入れて貸付けを受けた。その後、BはたびたびXから貸付けを受け、累計1000万円となった。 2024年4月15日、Aが死亡した。同年12月15日、YがAの遺言書を預かっていると主張し、自筆証書遺言の検認手続を行い、Bに遺産分割協議を申し入れた。遺言書には、「Yに甲一式を与える。Bには何も与えない」とあり、YとBの間で効力に争いが生じた。1年後に渡り収拾がつかなかったので、2026年4月15日、Cとまず相続登記を行うこととした。同月20日、Bはこの状況を見たXに促され、代物弁済として甲の2分の1の持分権を譲渡し、移転登記手続をした。これに気付いたYがXに抗議したので、XはYSに対して持分権確認を求めて提訴した。Xの請求はどうなるか。 ●参考判例● 最判昭和39・3・6民集18巻3号437頁 最判昭和46・11・16民集25巻8号1182頁 最判平成5・7・19家月46巻5号23頁 最判平成3・4・19民集45巻4号477頁 最判平成14・6・10家月55巻1号77頁 ●解説● 1. 死亡を契機とした財産承継の基本的な仕組みと法定相続分 (1) 財産承継の分類 被相続人が死亡し、相続人Qが、Pが何ら遺言・処分をしなければ、民法900条の法定相続分に基づく共同相続され(898条。遺産共有)、遺産分割手続(907条)を経て具体的な承継内容が確定する。 Pは、意思表示により上記の法定相続分を修正することができる。まず、遺言により相続分を指定し(902条。指定相続分)、また、遺産分割の方法を指定することができる(908条)。さらに、遺言で一定の財産を相続人または第三者に処分することができる(964条。特定遺贈)、遺産の全部または一定割合の包括的な処分も可能である(包括遺贈)。この他に、一定額の金銭につき契約をし(549条)、あるいは包括効力をPの死亡にかからしめる死因贈与契約(554条)をすることも考えられる。Bの意思表示であるか遺言か、意思表示の合致を要する契約かによって区別される。 以上の承継方法は、次のように分類できる。①相続は相続以外の承継方法か、すなわち、法定相続分、指定相続分が相続の方法の態様として、その他の方法、特定相続分が包括相続の態様(包括承継)か特定財産の承継(特定承継)か、すなわち、包括相続、包括遺贈が包括承継として、法定相続分・指定相続分を経て承継内容が具体化されるのに対し、特定遺贈(生前)贈与、死因贈与は特定承継である。②Pの意思表示による承継か否か、すなわち、法定相続分はPの意思表示によらない。それ以外の方法はPの意思表示を要求する(遺言ないし契約による)。 (2) 無権利者法理をめぐる相続人と第三者の争いについて—従来の判例法理— 相続財産をめぐる相続人と第三者の争いについては、従来の判例法理は、①相続財産の分割をめぐる相続人と第三者の争いの区別を重視していた。上記のB、C、D、Eの相続による不動産につき、Qが法定相続分で単独で相続登記を経て、Sに譲渡した場合、QはSに持分はあったのだが、Sに法定相続分を超える部分について無権利であった。QからのSは無権利者からの取得者であったから、Pは、登記がなくてもSに対抗できた。 2. 2018年民法改正と登記 2018年改正民法は、「相続させる遺言」を、遺贈と並び物権変動の事情がない限り遺産分割方法の指定によるものとみなし、遺言の執行に関する規定を適用するものとして、「特定財産承継遺言」という名称を与えた(1014条2項)。そして、遺産分割手続を経ない相続による当然承継との位置付けは変えなかったが、対抗問題については民法899条の2の規定が新設され、相続による権利の承継は法定相続分を超える部分の承継を第三者に対抗するには、登記が必要とされた。 同条改正により上記(1)の意思表示による指定相続分を承継する権利取得は、すべて、その旨の対抗要件を要することになる。 3. 主張整理の困難——Bの指定相続分と0の問題 さしあたりAからBへの意思表示による承継はなかったとして事案の主張を整理する。その前提には、①Aのもとを所有(X・Y間に争いなし)、②A死亡とY・B共同相続、③Bからの持分権譲受け、の各事実を主張立証する。これに対し、Yは、④遺言により当該部分を自らが承継したこと、およびその自らの法定相続権(898条の2)を主張立証する。この整理は、原告であるXによる法定相続の承継はそれに何ら利益を生じないものであり、他方で遺言相続の事情はYが主張立証するというものである。 以上の整理は事案の全面的な解決ではない。上述したように、特定遺贈が承継の対象である場合には、法定相続分と指定相続分とで、XとYとの間に、このような対抗関係を観念する。不動産の登記簿には、BからYに譲渡された後で、甲の共有権を移転する、ことによってBによるXへの二重譲渡が可能であるが、登記と同一の状況とはいいがたい。それににもかかわらず、民法899条の2はあえて対抗問題の構成を構想している。 4. 本問の個別事情 (1) Xの事情と信義則 以上の考察からは、XとYは対抗関係にあり、登記名義を得られなかったYが敗訴する理屈になる(これに信義則の介在を排除するものでもない。)。これに対して、Xの結論は法的には妥当かもしれない。 Xは、Bが放蕩生活を送っており返済の見通しが立たないにもかかわらず、貸付けを繰り返している。その際、あてにしているのは遺言の無効を前提にする遺産分割におけるAの法定相続分に対するXの期待にすぎない。Xに甲を与えるとしたYの遺言のおかしさや、家庭の平和を害したことを理由として、甲の財産上の価値と比べて、その信義に反するとはいえない。 (2) 法の射程拡張 他方で、Aの介護の対価として、保護に値しないとの評価には反論も可能である。Aが介護の対価として甲で生活を与えるのは、反面、外観を不安定な対価関係でみるものとする。高齢者福祉に関する法制度の目的は、遺言者が相続人から介護を受ける意思の自由に、私法秩序の枠内で中立的に評価される必要がある。また、Aは、Bに財産を承継させないことでBの債権者からの履行を免れようとしているように見える。従来の判例は、法定相続分の限りでは相続人は登記なく第三者に対抗できるとすることで、相続人の債権者にも、戸籍簿から判明する法定相続分の限りで期待しえない地位を確保し、取引安全を図ってきたともいえる。この結論を過度に尊重することは、この趣旨に反するだろう。 (3) 特定財産承継登記の意義 BとYがひとまず法定相続分で相続登記を行ったことは何か意味をもつだろうか。特定財産承継の登記がされても、遺贈による権利の取得は対抗要件(不登63条2項)である。遺贈の場合、従来は遺贈義務者と遺贈権利者の共同申請とされたが、所有者不明土地問題解消を目的とする2021年民法・不動産登記法改正を経て、登記権利者が単独で申請できるようになった(同条3項)。現行では、遺贈の事実を知った時から3年以内に相続登記(法定相続分の登記)がなされないと相続人申告登記(相続が開始した旨のみ示す)を義務付けられる(同法76条の3第1項)。遺言の効力に争いがあった後では、ひとまず相続登記することは法律の要請であり、法定相続の外観が作出されたことは、XとYとの利害に有利にも不利にもならないだろう。 5. 分割手続、訴訟方法の問題 XはBから甲の共有持分の譲渡を受けたにとどまる(包括の包括譲渡と解する余地)。この場合は、Xが遺贈分割手続に続く物権法上の共有物分割請求(256条1項)をBに代わって求めることができる(最判昭和50・11・7民集29巻10号1525頁)。Bの遺贈確認請求は、自らに帰属するのを求めるのではなく他の相続人であるCとDとの共有者となる者の共有の確認を求める訴訟は、そもそも訴訟の対象になるかが問題となるが、それを認めた判例がある(最判昭和46・10・7民集25巻7号985頁)。共有関係の確認請求を共有者全員の共同訴訟とする解釈には学説の批判が多い。 ●関連問題● 本問において、Aの遺言書には、「Yに甲一式を与える。Bの生計の資については遺言執行者C(Aの弟)に一任する。遺産の管理を委ねる」とあった。Xの請求はどうなるか。 ●参考文献● 潮見佳男『詳解相続法(第2版)』(弘文堂・2022)174頁・354頁・536頁・562頁・621頁 山野目章夫・家族法判例百選(第6版)(2002)152頁 窪田充見・百選Ⅲ152頁 栗田宗彦・判タ1114号(2003)80頁 田澤寛「遺言と登記をめぐる相続法の課題」法律89巻11号(2017)39頁 山野目章夫「はじめから始める物権法」(日本評論社・2022)159頁/Ⅱ巻図

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民法177条の第三者の範囲

公開:2025/12/12

多数の資産を所有するAは、Yに、甲・乙2軒の家を貸していたが、家族構成の変化でYは甲が不要になっていることを知り、そのうち乙を自分の愛人Y₁に手切金代わりに譲与して住まわせることを思いたった。そこで、AはY₁と交渉し、乙から立ち退いてくれるなら、甲をY₁に譲与し敷地は使用貸借とすることを提案した。Y₁はこの提案を承諾して乙から立ち退き、乙にはY₁が入居した(敷地は同様に使用貸借)。しかし、Y₁らは移転登記の費用を用意できなかったので、登記名義はAのままとなっていた。 その後数年の間、甲・乙両建物の固定資産税を課税され続けたAは、Yらにその償還と移転登記への協力を繰り返し求めたが、Yらは応じなかった。「移転登記をするまでは贈与は不完全で所有権はまだAにある」という誤った教示を信じたY₁がAに相談したところ、X₁はAに同情して、優良な賃借人Y₂が長年住んでいる甲なら買ってもよいといった。 そこで、Aは、甲と乙の敷地をX₁に売り、他方、乙を妻X₂に贈与し、それぞれ移転登記をした。X₁がY₁に賃料を請求したところ、Y₁は甲は自分の物だと主張して支払を拒んだ。他方、X₂は、財産管理に興味がなく、そもそも乙の所在地にすら正確に知らず、乙の所有権移転登記手続もいわれるままに夫Aに任せていたが、Y₂が夫の元愛人と知って怒りを爆発させた。 X₁らがY₂らに対してそれぞれ甲・乙からの退去を請求した場合、認められるか。 ●解説● 1. 第三者無制限説 vs. 第三者制限説 民法177条の立法趣旨は、当事者およびその包括承継人以外のすべての第三者に対し登記がなければ物権変動を対抗できないとする第三者無制限説を採用し、登記を画一的な紛争解決基準にしようとした。これによれば、本問では、XらがYらに勝つとの結論に至る。 しかし、たとえば本問でA・X₂間の贈与契約が、X₂を第三者と装うための通謀虚偽表示(94条)であれば、どうだろうか。X₂は無権利者であるから、そもそもY₂への物権変動との競合が生ぜず、民法177条の出番はない。大判明治41・12・15(民録14輯1276頁)は、本条の第三者を「登記欠缺を主張する正当の利益を有する者」に限るとする第三者制限説を採用し、無権利者や不法行為者は第三者に当たらないとした。 第三者制限説は、登記による物権関係の画一的な処理によって個別的取引の実体に適合しない不利益を回避するために、不法行為者も登記なくして損害賠償金を支払うべきかという点で所轄の機関に利害関係を有するから民法177条の第三者に含めるべきであると主張した。 2. 第三者の主観的要件と主観的態様 判例の「登記欠缺を主張する正当の利益を有する者」という基準は柔軟だが曖昧である。そこで、学説では、たとえば「当該不動産につき有効な取引関係に立つ者」などこれに代わる基準が提案されたが、見解は一致していない。また、具体的に、不法占有者や不法行為者が第三者に当たらない点では意見の一致がみられるが、賃貸不動産の譲受人が賃借人に対する場合の賃貸人が第三者に当たるかについては、見解が分かれている(→Ⅱ登記)。 さらに、登記を要する物権変動の範囲という問題(→本章Ⅳ-Ⅻ)と第三者の範囲の問題を総合し、両立し得ない物権変動相互の優劣が争われている場合にのみ民法177条を適用するべきだとする対抗問題説では、そのような物権変動を主張する者が第三者となるから、第三者にとって登記を要する物権変動は必要ないことになる。しかし、対抗問題説は論理的に明快である反面、その演繹的な手法には強い批判がある。 いずれにせよ、本問のX₁・X₂がAとの有効な売買契約または贈与契約によって所有権を取得できる地位にあるとすれば、Xらは第三者に該当する。しかし、学説の多くは、第三者が物権変動の効果を争える地位にあるかという第三者の客観的要件の側面と、そのような要件を備えている者は物権変動の存在を事前に知っていてもよいかという第三者の主観的態様の問題を区別している。本問でも主観的態様がさらに問題になる。 3. 背信的悪意者排除の論理 民法177条は、第三者に善意を要求した旧民法(財産編350条)を承継せず、意識的に第三者の善意を不問とした。善意悪意の区別が困難なこと、悪意排除を認めると登記の効力がなぜかゆらぎ取引が著しく阻害されることが理由であった。そのため、長い間、善意悪意不問説(悪意者包含説ともいう)が、判例・通説であった。 しかし、学説では、立法直後から、登記は物権変動を知らない者を不測の損害から保護する制度であるから悪意者は保護に値しない説と悪意者排除が存在しており、大判明治41・12・15と結び付いて、悪意者は登記欠缺を主張する正当の利益を欠くとすると、見解が次第に有力化した。これに対して、本書の解説では、自己の利益を図るため、他人を害してもかまわないと考える自由競争下の取引社会で、悪意者排除を認めると、他人を出し抜いて所有権を取得したことをもって、それが未登記であれば、第三者においていっそう有利な条件を提供してゆるがせにできるというのである。 昭和30年代民法学から、不動産取引における信義則違反を問題とし、背信的悪意者の概念を導入した。 4. 背信的悪意者の認定基準 典型的な背信的悪意者の認定基準としては、①第三者の側から働きかけた場合、②詐欺・強迫を手段とした場合、③社会的非難をうけるような場合などが挙げられる。 5. 背信的悪意者排除の批判と判例のゆらぎ 登記制度を不動産取引の観点から位置づける公信力説はもとより、近時の学説には、公信力説とは距離を置きつつも第三者を善意者(または無重過失者)に限定する見解が増えており、いずれも背信的悪意者の基準の限界が明確でないと批判している。また、自由競争下の契約当事者間の信義則の理論的基礎にも、契約侵害に対する第1買主の契約上の債権の保護の観点から強い批判が向けられている。 6. 背信的悪意者排除の主観的態様の位置づけ 対抗要件としての登記に関する立証責任については、二重譲渡の構成に対応してさまざまな見解が主張されている。 7. Yの賃借権の問題 甲についてのY₁の賃借権は、甲の所有権取得によりったん混同によって消滅するが(520条)、その所有権取得がX₁に対抗できない場合には、X₁に対抗関係では、消滅しなかったものと扱われる。X₁は賃貸借契約の解除を主張して争うことになる(この点も含めて参考判例①を参照)。 ●関連問題● (1) 本問において、X₁が背信的悪意者ではないと評価されるとして、X₁がY₁に対する訴訟を起こすことなく、この船の経緯を良く知っているZに甲とその敷地を転売して、Zがそれらの所有権移転登記を備えたとする。この場合、ZはY₁に甲からの退去を請求することができるか。 (2) 本問において、X₂が背信的悪意者であると評価されるとして、X₂がY₂に対する訴訟を起こすことなく、この紛争の事情をまったく知らないZ₁に乙を転売して、Z₁が乙の所有権移転登記を備えたとする。この場合、Z₁はY₂に乙からの退去を請求することができるか。 (3) 上記(1)と(2)の問題処は、共通する理論構成で解決できるか。参考判例③や⑦・復帰優秀文献を読んで、判例の理論構成とそれの問題点をしなさい。 ●参考文献● 松岡久和・法教324号(2007)71頁・325号136頁 七戸克彦・民法雑誌117巻1号(1997)104頁(参考判例①判批)

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即時取得

公開:2025/12/12

192条

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無権代理と相続

公開:2025/12/12

A (57歳) は甲土地を所有しており、登記上、その所有名義人となっていた。Aの配偶者はすでに死亡しており、子としては、その配偶者との間に配偶者が死亡しており、子としては、その配偶者との間にもうけたB (28歳)、C (25歳) の2人がいる。Bは1人暮らしをしている。CはAと同居し、A宅から勤務先に通っている。Cには配偶者はなく、子や孫もいない。 2024年12月1日に、Cは、Xとの間で、甲土地をXが購入し、代金1000万円の支払と引換えに2025年4月1日に所有権移転登記をする旨の契約を結んだ。この売買契約の際に、Cは、甲土地を売却する権限をAがCに与える旨が記載された委任状、甲土地の登記識別情報通知の紙、Aの実印および印鑑登録証書をAに示し、Aの代理人としてのふりをした。しかし、上記のうち、委任状はAに無断でCが作成したものであり、また登記識別情報通知の紙および実印は、A宅の金庫に保管されていたものをCがAに無断で持ち出したものであり、印鑑登録証明書も、A宅のタンスに保管されていたAの印鑑登録カードを用いて、Cが市役所でAに無断で交付を受けたものであった。なお、AがCに代理権を与えたことは一度もない。 (1) 2024年12月10日にCは交通事故に遭い、同月15日に無遺言で死亡した。AはCの死を看取った。現在 (2025年4月10日とする) に至るまで、Cの相続については、相続放棄も限定承認もしていない。Xは、2025年4月1日に、Aに対して、代金1000万円を提供して、甲土地の所有権移転登記をするよう裁判外で申し入れた。Aはこの間に初めて、上記売買の事実を知ったところ、Xの上記申入れを拒絶した。XがAに対して甲土地の所有権移転登記手続を請求した場合に、請求は認められるか。 (2) 小問(1)の設定を変えて、2024年12月10日にCは交通事故に遭ったのはAであったとする。すなわち、Aは同月15日に無遺言で死亡し、BとCはAの死を看取った。Aは、死亡するまで上記売買の事実を知ることはなかった。現在 (2025年4月10日とする) に至るまで、Aの相続について、BとCのいずれも、相続放棄も限定承認もしていない。 B・C間での遺産分割協議の結果、甲土地はBが取得する旨合意され、2025年3月25日に甲土地につきBへの所有権移転登記がされた。Xは同年4月1日に、Bに対して、代金1000万円を提供して、甲土地の所有権移転登記をするよう裁判外で申し入れた。BはCの時に初めて、上記売買の事実を知ったところ、Xの上記申入れを拒絶した。XがBに対して甲土地の所有権移転登記手続を請求した場合に、請求は認められるか。 参考判例 ① 最判昭和37・4・20民集16巻4号955頁 ② 最判昭和48・7・3民集27巻7号751頁 ③ 最判昭和49・9・4民集28巻6号1169頁 ④ 最判昭和40・6・18民集19巻4号986頁 ⑤ 最判平成5・1・21民集47巻1号265頁 解説 相続関係の確認 小問(1)では、Cには配偶者はおらず、子や孫もいないため、Cの相続人となるのは親Aだけであり、AはCの相続人となる(889条1項)。 また、小問(2)では、Aの相続人となるのは、子BおよびCであり(887条1項)、法定相続分は各2分の1である(900条4号)。 小問(1) (2)のいずれにおいても、いわゆる熟慮期間(915条1項)は、被相続人の死亡の事実およびそれにより自分が相続人となることを知った2024年12月15日から起算され、その時から3か月以内に、相続放棄も限 定承認もされていないので、相続人は単純承認したものとみなされる(921条2号)。単純承認により、被相続人が負っていた権利義務をそのまま承継する(896条・920条)。 小問(1)について (1) 売買契約に基づく請求 Cは、Aの代理人であることを示して(顕名、99条)、Xと売買契約を締結したが、Cは本人Aから事前に「権限」(99条、代理権のこと)を与えられていなかった。このとき、Cが結んだ売買契約は無権代理行為であり、その効力は、原則として本人Aには及ばない(113条1項)。 しかし、本人AがCの無権代理行為を追認すれば、売買契約の効力が本人Aに及ぶため(113条1項)、Xは売買契約の履行を請求として、甲土地の所有権移転登記手続をAに請求することができる。 もっとも、小問(1)では、Xの裁判外での甲土地を拒絶している。Cの行為は、Cの無権代理行為につきAが追認を拒絶した行為として解釈される。 追認がなくとも、表見代理が成立すれば、本人は、無権代理人がした行為について「責任を負う」(109条1項などの表現)、つまりCに代理権があったのと同じように扱われるため、Xは、甲土地の所有権移転登記手続をAに請求することができる。 もっとも、本問では、本人がAに代理権を与えた旨を表示した行為をまったくしていないから、民法109条の表見代理は成り立たない。また、AがCに代理権を与えたことは一度もないというのであるから、民法110条の表見代理も112条の表見代理も成り立たない。よって、本問では、表見代理はおよびそうにない。 関連して、次のような主張が考えられる。すなわち、無権代理人の地位と本人がAにおいて融合したことをもって、本人Aにおいて融合したこととみると、売買契約の効力は当然にAに及ぶことになると。(融合ないし資格融合説と呼ばれる)。Aが単純承認をすれば、本人Aが単純承認をしたという事例(無権代理人相続型)に関する最高裁判例で採用された。 しかし、小問(1)は、本人が無権代理人を相続したという事例(本人相続型、相続はこれに当たる)において、無権代理人が勝手にした行為が本人に当然に帰属するという姿でない結果を招来し(判例は、3(1)で述べるように、無権代理人が無権代理人でない者と共同で本人を相続するという事例(無権代理人の共同相続、本問はこれにあたる。)において、そのような適用を否定しない趣旨と解されるものが多く、この適用を限定して無権代理人が相続しても、本人Aの資格において追認拒絶しても、本人として無権代理行為の追認拒絶ができる配慮的である(資格併存説)。そして、資格併存説によれば、小問(1)では、無権代理行為をしたつき、AがDのとおりに本人Aの資格において追認拒絶している。Aのこの追認拒絶は有効となり、何の信義則にも反しないと解される(参考判例①)、すると、⑥の主張は成り立たないことになる。 (2) 民法117条に基づく請求 もし、小問(1)で民法117条の責任の成立要件が満たされるのであれば、Xは、同条に基づき無権代理人Cが負うべき責任を、それを相続によって承継したAに対して追及することができる(参考判例②)。そして、Xは、(1)の請求ができない場合でも、同条の責任を追及して銀行のほうを尽くせば、Aは甲土地の所有権の移転を請求(560条)を選択すれば、Xは甲土地の所有権の移転を請求することができる。 しかし、仮に小問(3)で民法117条の責任の成立要件が満たされているとしても、本人はAに代わらずに、②において甲土地の自分はどうにか自由履行をAに返還することができる。しかし、その履行責任を負うのは、Cの相続について単独相続しているはずだから、Cが負うべき責任をそのまま承継したにすぎず、したがって、CがAとの間で選択した場合は履行義務を負われることになるが、ほとんどすべきではない。という考え方もある。成り立ち得ない場合には、ほとんどすべきではない。(1)で追認を拒絶する自由をAに与えた趣旨からすると、(2)にお いて、仮に同条の責任の成立要件が満たされていたとしても、XはAに損害賠償責任を追及できるにとどまり、履行責任のほうは追及できないと考えている(このことの論拠として、他人の物を売却する契約をした売主が、PがQを相続した、という本人相続型とよく似た事例において、原則としてPはQからの履行請求を拒絶できるとした参考判例⑤が、しばしば援用される)。 後者の見解にたつと、仮に民法117条の責任の成立要件が満たされていたとしても、Aは、甲土地の所有権移転登記をXに履行させる義務を負うことはないため、XのAに対する請求は認められない。 (3) 補足 小問(1)の解答は必要ないが、2点補足しておく。 第1に、民法117条の責任が成立するためには、売買契約の当時に、Cに代理権がないことについてXが知らなかったことが必要である(117条2項1号。なお、同項ただし書の場合には、小問(1)では、Cは自己に代理権がないことを知りつつDの行為をしたので、相手方Xが、Cに代理権がないことにつき善意であれば、同条の責任は成立する)。 第2に、小問(1)で、甲土地ではなく金銭を請求したいだけであれば、民法117条の責任が成立しない場合であっても、Xは、代理権がないことを知りつつ代理人としてふるまったCが負うべき不法行為責任(709条)を、Cの包括承継によって相続したAに追及することが可能である。 もっとも、民法117条の責任の場合には、履行利益の賠償の請求が認められるのに対して、不法行為責任の場合には、履行利益の賠償は請求できないことになろう。また、不法行為責任の場合には、一般論としては、賠償額の算定にあたり、被害者であるXの過失が考慮される(722条2項)。もっとも、小問(1)においては、Cは故意の不法行為を犯しているので、過失相殺の主張は認めがたいと考えられる。 小問(2)について (1) 売買契約に基づく請求 (2)でみたように、本問では、Cは無権代理人であり、Cが結んできた売買契約の効果は原則として本人Aに及ばない。しかし、仮に追認があって 売買契約の効果が例外的に本人に及ぶこと(113条1項)、本人はA、甲土地の所有権の登記をXに備えさせる義務(560条)を、売買契約の当事者でもないBに負っている(116条本文)。Aの遺産は相続分に応じてBとCが共有するが、この遺産は相続分に応じてBとCがAを相続すること、XはBとCのいずれに対しても、登記の全部の履行を請求することができる(428条・436条)。 なお、この結論は、被相続人が成立した代理権があったのと同じように、本問では無権代理行為であっても、BとCはいわば過失によってその行為を追認したことに帰し、これは2(1)で述べたように、本問では無権代理行為の効果は相続分はないので、これ以上は述べないことにし、追認を巡る状況に。 小問(2)で、Aは無権代理行為をしたことを知らないうちに、したがってそれにについて追認するか追認拒絶するかを選択すべき地位にあることを意識しないうちに、死亡した。Aの権利義務を包括的に承継したBの相続人が、Aに代わって、追認するか追認拒絶するかを決めるべき地位にたつ。 仮に小問(2)で、Aの相続人が、無権代理行為をした本人であるだけであったとしたら、この場合、結論として、売買契約の効果はBに及ぶので、遺産分割は認められない。しかし、2(1)で論じたように、共同相続の場合に立つ場合とで、その結論の法的構成が異なる。 すなわち、Cは、本人として無権代理行為につきBが追認を拒絶した行為として行動したのであるから、BとCの共同相続により、相続人Aから承継した地位は一体としてBとCに帰属する。当事者の地位はCにおいて融合しており、その間の法律関係は相続により、当然に売買契約の効果はAに及ぶので、Aの相続分に応じて、Cの相続分はA=Cにおいて、このような説明をしている。しかし、参考判例によれば、無権代理行為との関係で、相続によりAから承継した本人としての地位は、Cにおいて併存し、小問(1)と同様に、Cは追認拒絶することも妨げられないはずである。しかし、無権代理行為をした当人であるCが本人としての地位で追認を拒絶するこ とは、信義則に許されるべきでない。したがって、Cは追認したものと同視することができ、そうすると売買契約の効果は本人Aに、ひいてはAを相続したCに、及ぶこととなる。 以上は、無権代理人が単独相続についての議論であるが、では、無権代理人が共同相続についてはどうか。資格融合説によるとどのような帰結になるのかは、はっきりしない。これに対して、資格併存説からは、次のように説明される。すなわち、追認するか追認拒絶するかを決めるべき本人Aの地位は、共同相続により、不可分的にBおよびCに承継される。そして、無権代理行為の追認は、本人に対して効力を生じていなかった法律行為を本人に対する関係で有効なものにするという効果を生じさせるものであるから、BとCが共同して追認しない限り、その法律行為の効果が本人Aに及ぶことはない(参考判例③)。したがって、一方で、Bが追認拒絶すれば、BとCの全体として追認拒絶したことになる。他方で、Bが追認している場合にそれににもかかわらず無権代理行為をした当人であるCだけが追認を拒絶することは、信義則に反し許されず(参考判例③の結論)、したがって、Bの追認さえ得られれば、BとCの全体として追認したのと同じことになる。 以上によれば、小問(2)で、追認があったことを理由として、甲土地の所有権移転登記手続をBに請求できるためには、BがCの無権代理行為を追認する必要がある。しかし、小問(2)では、BはXの裁判外での申入れを拒絶しており、この行為は、Cの無権代理行為につきBが追認を拒絶した行為として解釈されるので、結局、Xの請求は認められないことになる。 (2) 民法117条に基づく請求 (1)でみたように、BがCの無権代理行為について追認拒絶すると、BとCの全体として追認を拒絶したことになる。この場合、Xは、(2)と同様にして、民法117条の責任を追及し、その際に履行のほうを選択することによって、甲土地の所有権移転登記手続を請求することが考えられる。 しかし、小問(2)で、仮に民法117条の責任が成立するとしても(2(3)の第1も参照)、その責任を負うのは無権代理人Cであって、Bではないため、Bに対する移転登記手続の請求の根拠にはならない。 なお、仮にCに対して民法117条に基づき履行責任を追及したとしても、甲土地は現在、B・C間の遺産分割協議によってBに分割され、Bへの所有権移転登記がなされている。そのため、CがXへの履行義務を果たすためには、その前提として、甲土地をBから調達する必要がある。それができない場合には、履行は社会観念上、不能である(412条の2)。そのため、Xとしてはせいぜい、Cから損害賠償を得ることで満足するしかないことになる。 関連問題 小問2の第2段落を次のように改めたとするとどうなるか。 Bは2025年2月1日にXからの電話で上記売買の事実を知ったが、上記売買について追認を拒絶する旨ただちにXに伝えた。その後、B・C間での遺産分割協議の結果、甲土地はCが取得する旨が合意され、同年3月25日に甲土地につきCへの所有権移転登記がされた。Xは同年4月1日に、Cに対して、代金1000万円を提供して、甲土地の所有権の移転登記手続をするよう裁判外で申し入れたが、Cは上記申入れを拒絶した。XがCに対して甲土地の所有権移転登記手続を請求し上訴した場合に、請求は認められるか。 参考文献 前田陽一・百選Ⅰ 72頁 / 後藤巻則・百選Ⅰ 74頁 / 民法(債権法)改正検討委員会編『詳解 債権法改正の基本方針Ⅰ』291頁・312頁 (金子敬明)

民法1

ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

賃借権の取得時効

公開:2025/12/12

Xは、2002年当時、甲土地を所有し、X名義の移転登記を具備していた。2002年4月1日、甲土地について何ら権原を有さず、かつXから賃貸のための権限を与えられていないAが賃貸人となり、甲土地につき賃借人Yとの間で賃貸借契約を締結した。その契約に基づき、YはAに直ちに敷金を渡して乙建物を建築し、Y名義で乙建物について保存登記をした。その後、Yは賃借人Aに対し賃料を支払いつつ甲土地を継続的に占有し、2024年4月時点で引き続きYが甲土地を占有している。 2024年4月頃、Xは、Yが甲土地に乙建物を所有し、甲土地を占有していることに気づき、Yに対し立退きを求めたが、Yは、甲土地をAから賃借しているとして拒絶した。その後、X-Yは、それぞれAから事情を聞こうとしたが、その直前にAは行方不明となった。Yはやむを得ず、甲土地の賃料を供託しつつ、甲土地の占有を継続した。2024年10月1日、Xは、Yに対し建物収去と土地明渡しを求めて訴えを提起した。これに対し、Yは、どのような反論が可能か。 ●参考判例● ① 最判昭43・10・1民集22巻10号2145頁 ② 最判昭62・6・5判時1260号7頁 ③ 最判平23・1・21判時2105号9頁 ●解説● 1 賃借権の取得時効 (1)「財産権」としての賃借権と取得時効 民法163条は「所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い20年又は10年を経過した後、その権利を取得する」と規定する。また、ここに引用される「前条」である同法162条1項は20年間の占有継続による所有権取得を、同条2項は占有の開始の時に「善意であり、かつ、過失がなかったとき」の10年間の占有継続による所有権取得を要する。したがって、所有権以外の財産権は、占有開始時の主観による区別に従い、20年または10年間、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ公然と行使されることにより、時効取得されうることになる。 財産権は財産上の私権であり、親族権、人格権、社員権などと対置される。財産権の主要なものは、物権、債権、無体財産権である。民法典に「債権」として規定される賃借権は「財産権」である。そこで、民法163条の文言を形式的に適用すれば、賃借権は取得時効の対象となることになる。 (2)「債権」としての賃借権と取得時効 「債権」は形式的に「財産権」であるけれども、取得時効の目的となるかについては、若干の議論がある。たとえば、他人にお金を貸したとして継続的にその返還を請求し続ければ、それによって金銭消費貸借上の金銭返還請求権を時効によって取得するというのにはなんら実体性を欠く。このような債権の時効取得は認められない。しかし、賃借権のように占有(継続的な使用・収益)を権利の内容とするような債権は、占有を基礎として時効取得が認められる所有権や、継続的履行行為を基礎として時効取得が認められる地役権(283条参照)と対比上、さらには賃借権化した不動産権についてもはや特に(ただし、「物権化」は、取得時効の可否とは無関係という反論がある)、取得時効を認めるべきだという結論には異論がない。ただし、以下にみるように賃借権の取得時効には理論的な問題があり、契約上の地位の取得時効、あるいは債権者側関係の取得といった質の法律構成にようとするものがあるほか、事実的契約関係論を背景に賃借権契約の存在の認定を省略し、取得時効を論ずるまでもないとする見解も主張されている。 判例は、理由を述べることなく「土地賃借権の時効取得については、土地の継続的な用益という外形的客観的な事実が存在し、かつ、それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、民法163条に基いて土地賃借権の時効取得が可能であると解するのが相当である」(参考判例①。ただし、破棄差戻判決)とし、一般論として土地賃借権の時効取得を可能として以来、一貫してこれを肯定する。学説は、不動産賃借権の取得時効を論ずるけれども、実際上、裁判所で問題となるものは、土地賃借権のみである。 もっとも、判例は、「土地の継続的な使用収益という外形的客観的な事実が存在し、かつ、その使用収益が土地の借主としての権利の行使の意思に基づくものであることが客観的に表現されている」場合に、土地の使用借権の時効取得を認める(最判昭48・4・13民集109号93頁。ただし、事実審としては否定)。他方で、学説では、使用貸借権の物権的色彩がうすいことを強調して時効取得を肯定するものがあるもののまだ十分な議論はない。 (3) 類型化とそれぞれの機能 判例が示した要件のうち「賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているとき」とはどういう場合かが議論の中心となった。その際、土地賃借権の取得時効に多様なものが存在することが認識され、類型化して検討することが通常となった。 類型化の基準には論者によって相違がある。論じられている類型を単純並列的に挙げれば、①賃借権の時効三者対抗型(参考判例③)、②賃貸借契約対象範囲・効果紛争型(参考判例③)、③無断転貸型(最判昭44・7・8民集23巻8号1274頁、最判昭62・10・8民集41巻7号1445頁)、④無断譲渡型(最判昭53・12・14民集32巻9号1658頁)、⑤賃貸借契約無効(強力保護信託)型(最判昭63・2・18民集26巻3号261頁、最判平16・7・13判時1871号76頁)、⑥他人地賃貸型(参考判例②)、⑦代理権欠缺型(最判昭52・9・29判時866号127頁)の類型がある(それぞれの類型がどのような事案を射程とするものかは、それぞれの引用判例を確認していただきたい)。それぞれの類型では賃借権の取得時効の機能とその有無を観念することができ、④型:対抗要件補充機能なし、⑤型:契約内容明確化機能あり、⑥型:承諾補充機能あり、⑦型:原承諾補充機能あり、⑧型:瑕疵治癒機能あり、⑨型:権原治癒機能あり、⑩型:権原回復機能あり、にまとめうることができよう。 2 無権原者による土地賃貸 (他人地賃貸型) の問題点: 土地所有者への義務の帰属 上にみたした類型の甲で理論的に最も難問な問題が生ずるのが、土地の所有者でない者(無権原者)が自己の所有権として賃貸し、賃借した者が賃借権の取得時効の要件を満たし、その主張をした場合である(他人地賃貸型)。判例は、参考判例①が示した一般論に従い、他人地賃貸に類する参考判例②において土地賃借権の時効取得を認めた。ところが、参考判例①は、参考判例①を引用して「土地の所有者に対する関係において」土地の賃借権を時効取得すると述べるのであり、理由を示さない。判例が実質的かつ説得的な理由を示さないことも相まって、この類型の存在自体がそもそも賃借権の取得時効を肯定すべきとする学説を基礎づける大きな理由の1つとなっている。この点については、判例は、民法163条の文言解釈および結論の妥当性(土地賃借権の時効取得を認めることの必要性)を重視しているといえようか。 この類型の要件に関する課題として、「賃借意思の客観的表現」が誰に向けられるべきかという問題がある。大多数の見解は、貸主たる無権原者に対するもので足り、土地所有者に向けられる必要はないとしている。他方、効果に関する問題として、賃借権が最終的には土地所有者に対するものとなることを前提として、いかにして土地所有者が賃貸人としての義務を負うことになるのかという問題がある。この問題については、従来、ほとんど論じられていない。数少ない議論をあえて整理すれば、次のようになる。まず、そもそも誰に対する賃借権が取得されるのかという点から、①土地所有者に対して取得されるというものと、②いったん無権原者に対して取得された賃借権が土地所有者に対するものに移転するというものに分けられる。①をさらに、③土地所有者に対する賃借権の取得により土地所有者が当然に義務を負うとするものと、④土地所有者からの契約関係が承認されるとするものがある。また、②はさらに、⑤あたかも無権原者から土地所有者に土地所有権が移転するのかのように扱い、その所有権移転に伴って賃貸人の地位が無権原者から土地所有者へ移転するとするものと、⑥⑦所有権の移転は問題とせず、無権原者から土地所有者へ賃貸人の地位が移転するとするものがある。 ⑥⑦については、賃借人側の要件のみにより認められる賃借権の取得によって、それを無権原者と土地所有者がなぜ義務を負うのか、という問題がある。⑥⑦については、賃貸意思のない土地所有者との関係で賃貸借契約関係を承認できるか、という問題がある。⑥⑦については、そもそも土地所有権のない無権原者からの所有権移転を擬制できるかという問題がある。⑥⑦については、なぜ賃貸人の地位が無権原者から土地所有者へ移転するのかを説明しなければならないという問題がある。 以上の問題点を理論的に解決することは、かなりの難問である。先にみたように、この問題を回避するため、そもそも賃借権の時効取得を否定し、別の法律構成を示唆する見解もある。ただ、賃借権の取得時効を認めることは確定した判例であり、これを踏まえると、判例を理解するうえで、賃借権の時効取得を認めることを前提とした理論構成が必要になろう。他人地賃貸型の土地賃借権の時効取得により土地所有者に義務を負わせるための理論的課題については、ある程度割り切り、民法典の債権編に規定されるもの以外にも債権発生原因を承認することを前提に「賃借権の時効取得により時効取得者と土地所有者の間で賃貸借契約が締結されたとみなす」という法定効果が生ずるとする構成もありかもしれない(まったく法状況および法感性が異なり、類推はもちろん参考にも値しないという批判もあろうが、仮登記担保法10条の法定地上権(法定賃借権)の効果を「借用」できないだろうか。同条の効果は「土地の賃借権がされたものとみなす」である。)。 ●関連問題● 2002年2月1日、Xは、Aとの間で、Xが所有する甲土地について建物所有を目的としてAに対し賃貸する契約を締結した。ところが、直後にAは、子どもの通学の関係で近隣に引っ越すことになった。Aは、甲土地の借地権を失うより、有効に活用したいと考え、Xに相談したまま、2002年4月1日、Yとの間で甲土地について転貸借契約を締結した。当然、乙の転貸借について、Xは承諾していなかった。Yは、転貸借契約に基づき甲土地に乙建物を建築し、2002年10月1日、乙建物について保存登記をした。その後、Yは、甲土地を継続的に占有するとともに、Aに対し転借賃料を継続的に支払い、またAは、Xに対し賃料を継続的に支払ってきた。 2024年4月頃、Xは、Yが甲土地上の乙建物に居住していることに気づき、Yに事情を聞いたところ、Xの承諾なくYがAから無断で甲土地を転借し甲土地上に乙建物を所有していることが判明した。XはYに対し甲土地の明渡しを求めた。が、Yが拒絶するので、2024年10月1日、Xは、無断転貸を理由としてX・A間の賃貸借契約を解除したと主張するとともに、Yに対し、建物収去土地明渡しを求めて訴えを提起した。これに対し、Yはどのような反論が可能か。 ●参考文献● 可部問雄・最判解民事篇昭和43年度 1179頁 / 奥村長生・最判解民事篇昭和44年度473頁 / 大久保邦彦・百選196頁 (尾島茂)

民法1

ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

時効の完成猶予・更新

公開:2025/12/12

Aは友人Bに、2025年1月10日、200万円を年利10パーセント、1年後に元利一括で返済するということで貸し付けた(甲債権)。同年3月10日、Aは再びBに頼まれ、300万円を同一条件で貸し付けた(乙債権)。さらに、Aは、同年4月10日、当時交際中のCに頼まれ、CがBに400万円を1年後に返済するということで、無利子で貸し付けた(丙債権)。以下の場面において、Aの請求は認められるか。現時点は、2035年7月とする。 (1) Aは、Bから生活が苦しいと聞かされていたこともあり、長らく返済の催促をしてこなかったが、ついに、2030年11月、甲債権と乙債権の元本合計500万円と利息の返済を求める訴えを提起した。同年12月15日、Bに訴状が送達された。それを読んだBから、2031年4月21日、Aの銀行口座に100万円が振り込まれたが、以後Bからの連絡は何もない。そこで、AはBに対して、同年6月10日、残金の支払を求めて訴えを提起したところ、口頭弁論期日(同年7月28日)においてBは消滅時効を援用してAの請求棄却の判決を求めた。 (2) Aは長らくDに返済を求めることはしなかったが、Cと別れたのを機に、強くDに返済を求めた。これに対し、DはAに対し、2030年8月10日、丙債権の不存在確認の訴えを提起し、すでにCがDに代わって全額返済していると主張したが、同年11月12日、D敗訴の判決が確定した。そこで、AがDに対して、2031年5月5日、丙債権の履行を求めて訴えを提起したところ、Dは消滅時効を援用してAの請求棄却の判決を求めた。 ●解説● 1 時効の完成猶予と更新事由 2017年改正前民法は、権利行使により時効の完成が妨げられるという効力と、それまでに進行した時効がまったく効力を失い、新たな時効が進行を始めるという効力(2017年改正前民法157条参照)を、いずれも「中断」という同一の用語で表現していたため(同民法147条1号・2号・149条以下参照)、このことが時効制度を難解にしている一因であると考えられた。そこで、民法は、両者の概念を区別し、時効の完成が妨げられるという効力を持つ時の「完成猶予」、新たな時効が進行を始めるという効力を持つ時の「更新」という言葉を用いて再構築した(ただし、占有の中止等により取得時効の進行が止まることについては、民法改正の前後で変更はなく、「中断」と呼んでいる(164条))。 すなわち、民法は、裁判上の請求や強制執行などの一定の権利行使があると時効の完成を猶予している(147条1項・148条1項)。そして、それらの猶予事由が終了した時(裁判上の請求などの場合は「確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定した」とき)から、新たに(つまり、ゼロから)その進行を始める(147条2項・148条2項)。なお、権利行使なくとも時効の完成猶予由となる催告については更新の効力がなく(149条参照)、催告の時から6か月は完成猶予するのみである(150条参照)。また、権利の承認がなされると同時に(完成猶予という時間的経過を経ることなく)更新の効力が生じる(152条)。なお、これらの効力は、2017年改正民法の施行日であった2020年4月1日以後に時効の完成猶予事由・更新事由が生じた場合に認められる(附則10条2項)。 2 一部弁済と時効の更新 債務の消滅時効は、「債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき」、または、「権利を行使することができる時から10年間行使しないとき」に完成する(166条1項1号・2号)。そうすると、Aは丙債権について、弁済期を定めて貸し付けているので、弁済期には権利を行使することができることを知っていたといえる。したがって、甲債権・乙債権・丙債権の消滅時効は、完成猶予・更新がなければ弁済期(貸付から1年後)の翌日から進行して10年(本問より初は算入されないので〔民法72条の2第3号の反対解釈〕についての判例を示した最判昭37・10・19民集36巻10号2163頁がある)5年(甲債権は2031年1月10日、乙債権は同年3月10日、丙債権は同年4月10日)の経過により完成する。しかし、甲債権・乙債権については、AがBに対して訴えの提起(150条1項)をしているので、手続がBに到達(被告は訴状の送達であるが、民法97条1項が類推適用される)してから6か月(2031年5月15日)が経過するまでは完成しない。 そうすると、Aから甲乙両債権の支払を催告されたBは、当初の時効期間満了後ではあるが催告後6か月以内である2031年4月21日、いずれか一方の債権の存在を特に否定することなく一部(100万円)弁済しているので、甲乙両債権を承認したことになり、甲乙両債権の消滅時効は更新されたことになる(152条1項)。新たに5年(166条1項1号)の消滅時効が進行するが、完成前の2031年6月10日にAは訴えを提起しているので、Aの請求は認められる。 なお、Bは100万円を振り込むに際し甲債権と乙債権のいずれに充当されるものであるか指定しておらず、Aも同意済であるので、法定充当され(弁済期が先に到来した甲債権の一部(利息)が弁済されたことになる(488条4項3号・489条1項・2項))。 3 反訴と時効の完成猶予・更新 民法147条1項1号は裁判上の請求を時効の完成猶予・更新事由としており、訴えの提起(民訴133条1項・147条)がこれに当たる。 被告が原告の請求棄却の判決を求めて応訴することは、訴えの提起そのものではないが、判例は、これに時効の中断(完成猶予・更新)の効力を認めていた。たとえば、④債務者から提起された債務不存在確認訴訟の被告として債権者が債権の存在を主張し、原告の請求棄却の判決を求めた場合(大判昭和14・3・22民集18巻298頁)、⑤抵当権者が債務者である抵当権設定者から提起された抵当権設定登記抹消登記請求訴訟の被告として被担保債権の存在を主張し、原告の請求棄却の判決を求めた場合(参考判例①)、⑥占有者から提起された移転登記手続請求訴訟の被告として所有者が自己に所有権のあることを主張し、原告の請求棄却の判決を求めた場合(最判昭43・11・13民集22巻12号2501頁)には、裁判上の請求に準じて時効の中断(⑤では取得時効)の中断(完成猶予・更新)が認められるとしていた。 この判例に考えによれば、小問において、丙債権の消滅時効は2031年4月10日に完成するところ、完成前に提起されたDの債務不存在確認の訴えに応訴しD敗訴の判決が確定したので、丙債権の消滅時効は更新されて2030年11月12日から新たに10年(169条1項)の消滅時効が進行している(147条2項)ことになりそうである。したがって、このように解するときは消滅時効は完成していないのでAの請求は認められる。 なお、判例は、裁判上の催告という考え方も認めている。たとえば、所有権に基づく返還請求の訴えにおける被告が占有権原を主張した場合には、賃借権を主張した時点から判決が確定するまでの間は被担保債権について催告が継続していたものとして、判決確定から6か月以内に裁判上の請求等により時効の完成猶予・更新につなげることができる(参考判例③)としており、学説も一般的には支持している。しかし、上記の訴訟で権利を主張すれば確定まで所持者が所有権を確保できると考えるのが普通であろうとして、権利承認がなされると同時に(完成猶予という時間的経過を経ることなく)更新の効力が生じる(152条)、なお、これらの効力は、2017年改正民法の施行日であった2020年4月1日以後に時効の完成猶予事由・更新事由が生じた場合に認められる(附則10条2項)。 4 時効の援用権者・更新の効力の及ぶ範囲 時効の援用権者について、民法は「当事者」としている。そして、消滅時効については、援用権者の具体例として、判例・学説に異論のない、保証人、物上保証人、後順位抵当権を挙げたうえで、一般的基準として「権利の消滅について正当な利益を有する者」としている(145条)。 後述の発展問題では、Fは、物上保証人であるから、被担保債権である丁債権の消滅時効が完成していれば、これを援用して抵当権の実行を阻止できる。しかし、債務者Eの一部弁済(民法152条1項の承認に当たる)により丁債権の消滅時効は更新されている。そうすると、Fは丁債権の消滅時効を援用できなくなりそうである。ところが、民法153条2項は、承認による時効の更新は更新の事由が生じた「当事者」(更新行為をした者とその相手方)と「その承継人」(当事者から更新の効果を受ける権利または義務を承継した者)の間においてだけすると規定しているため、丁債権の時効更新の効力を主張できる(あるいは、主張される)のは、AとE、丁債権の譲受人などに限定され、「当事者」にも「その承継人」にも当たらないFは丁債権の消滅時効を援用できるようにもみえる。 判例は、物上保証人が債務者の承認により被担保債権について生じた消滅時効の更新の効力を否定することは、担保権の付合性に抵触し、民法396条の趣旨にも反し許されないとしている(参考判例①)。学説には、民法153条は、時効完成の猶予・更新の効力を主張できる者の範囲(人的範囲)を規定したものではなく、特定財産の猶予・更新が生じた当事者間で進行していた時効だけが猶予・更新するということを規定したものであるとするものがあるが、この説では、丁債権の消滅時効は更新されたため完成していないので、Fは援用できないということになる。 なお、債務者が自己の不動産に設定した抵当権の抵当権債務者(抵当権者)が申し立てると被担保債権の消滅時効の完成は猶予され更新される(148条1項2号・2項)が、物上保証の場合は第三者が自己の不動産に抵当権を設定しているため、民法154条が適用されると解されている。すなわち、物上保証の場合に債権者が抵当権の実行を申し立てることは、競売開始決定の正本が債務者に送達された時に時効の開始があったものとし(最判昭和50・11・21民集29巻10号1537頁)、その時点で猶予・更新の効力が生じるとされている(最判平成6・7・12民集50巻7号1901頁)。 ●発展問題● AのEに対する1000万円の債権(丁債権)を担保するため、FはEに頼まれて自己の不動産に抵当権を設定した。丁債権の弁済期は、2024年8月7日である。Eは2029年7月10日に300万円を返済したのみで、以後支払はない。そこで、Aが2031年3月5日、抵当権の実行の申立てをしたところ、Fは丁債権の消滅時効を援用して抵当権の実行を阻止しようとした。Fは、Eの300万円の返済により丁債権の消滅時効が更新されても、自分との関係では更新されたことにはならないと主張している。Aの抵当権の実行は認められるか。 ●参考文献● 講義26頁〔中田裕康〕/ 野田宏・最判解昭和44年度(下)862頁 / 阿久三郎「時効制度の構造と解釈」(有斐閣・2011)1頁・141頁・181頁・244頁

民法1

ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

時効利益の放棄・喪失

公開:2025/12/12

貸金業者であるX株式会社は、2024年12月14日、Yに対し、70万円を利息年9.8パーセント、損害金年14パーセント、弁済期を1年後の約定で貸し付けた。 Yは、2026年1月17日、Xに対し、本件債務のうち1年間の利息分に相当する6万8600円を支払ったが、その後は2032年3月7日にいたるまで本件債務を弁済していない。 2032年5月3日頃、XからYに対し、裁判にかける、差押えをする等の記載のある督促状が届いた。督促状を見て怖くなったYは、同月6日、Xに対し電話をかけたところ、Xの男性従業員Aが対応した。Aは、Yの現在の生活状況を聞いたうえで、Yは長期にわたる延滞状況にあるため、一括弁済が必要であり、分割弁済に応じるのは困難であると説明した。Yは、年金生活者で経済的に困窮していたが、同月7日、1万円を知人Bから借り入れ、Xの指定した銀行口座に1万円を振り込んだ。 その後、Yが本件債務を一切弁済しないので、2032年10月10日、XはYに対し、残元本およびこれに対する遅延損害金の支払を求め、訴訟を提起した。これに対し、Yはどのような反論をすることができるか。 ●参考判例● 最判昭35・6・23民集14巻8号1498頁 最判昭41・4・20民集20巻4号702頁 最判昭45・5・21民集24巻5号393頁 最判平28・6・6金法2055号91頁 大判大正8・5・12民録25輯851頁 ●解説● 1. Xの請求とYの反論 XはYに対し、貸金返還請求権と履行遅滞に基づく損害賠償請求権を行使しているが、この請求を斥けるために、Yとしては、請求権の消滅時効を主張することが考えられる。本問では、この消滅時効の援用が問題となる。 (1) XがYに対し貸金返還および遅延損害金を請求する場合において、返済時期の合意があるときは、Xは、請求原因として、次の事実を主張・立証する必要がある(貸金返還と遅延損害金とで訴訟物は異なるが、両請求を立証するには、両請求を成立させるために必要な事実をすべて挙げている)。 金銭消費貸借契約の成立(金銭授受の合意、金銭の交付、返還期限の合意、利息の合意) 返還時期の到来・経過 (2) それに対して、Yは、次の事実を主張・立証することにより、請求権の消滅を抗弁することができる。2017年民法改正により、債権は、①権利者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、または、②権利を行使することができる時から10年間行使しないときに、時効によって消滅することになった(同条1項)。①が改正により付け加えられた点である。契約に基づく一般的な債権については、その発生時(契約時)に債権者は権利の発生原因および債務者を認識しているのが通常だから、客観的起算点と主観的起算点とは一致する。したがって、貸金返還請求権は5年の消滅時効にかかる。 権利行使可能の到来 (ただし、Xが①を主張・立証するので、Yによる主張・立証は不要となる) ①から5年の時効期間の経過 YによるXに対する時効の援用(145条) (3) (2)の抗弁に対して、Xは、YによるXに対する利益支払の事実を主張・立証することにより、時効更新の再抗弁を提出することができる。消滅時効完成前の利息支払は、元本債権の承認(152条)となる(大判昭3・3・24新2873号)。 (4) 他方、Yは、利益支払から5年の時効期間の経過とYがXに対して時効の援用をした事実を主張・立証することにより、消滅時効の抗弁を提出することができる。この抗弁は、利息支払を起算点とする貸金返還請求権の消滅を主張するものであり、(2)の抗弁とは別個の抗弁であるから、(3)の再抗弁に対する再々抗弁ではない。また、時効の援用に関する不確定効果説を前提にすると、(2)と(4)の両者の消滅時効が完成したときにいずれを援用するかにYは委ねられるから、(4)の抗弁は、(2)の抗弁に対する予備的抗弁ではなく、選択的抗弁となる。 (5) (4)の抗弁に対して、Xは、YによってXに対する債務の一部弁済があったという事実を主張・立証することにより、信義則(民法1条2項)による時効援用権喪失の再抗弁を提出することができる。 2. 時効利益の事前の放棄 民法146条は、通常弱い立場にある債務者が時効利益の事前放棄を強いられるおそれがあることを考慮して、「時効の利益は、あらかじめ放棄することができない」と規定している。これに対して、時効完成後は、時効利益を受けるか否かは当事者の意思(援用)に委ねられており、時効利益の放棄を許さない理由はないから、同条の反対解釈により、債務者は時効利益を放棄することができる。ただし、会社法31条1項・地方自治法236条2項には、時効利益を放棄することができないものとする例外規定がある。 時効利益の放棄は、債務者の意思表示だけで効力を生じ、債権者の同意を要しないが(大判大正8・7・4民録25輯1215頁)、債務者が時効完成の事実を知らなければ、行うことができない(大判大正3・4・25民録20輯342頁)。 3. 時効完成後の行為 他方、債務者が、時効完成の事実を知らずに、債務の承認や一部弁済等、債務の存在を前提とした行為(自認行為)を行った場合については、民法典に規定がなく(制定法の欠缺)、その取扱いが問題となる。 (1) 判例 かつての判例は、時効利益の放棄には、債務者が時効完成の事実を知っていたことを要しつつ、自認行為をした場合、債務者は時効完成の事実を知っていたものと推定して(しかも判例はこの推定を破る証拠はなかなか認めないことによって)、時効利益の放棄を認めていた(参考判例①)。いわゆる、「時効利益の放棄の効果を肯定するためには、債務者において時効完成の事実を知っていたことを必要とすることは所論のとおりである。しかし、債務承認のような場合には、債務者は時効完成の事実を知っていたものと推定すべく、従って債務者たる上告人において所論弁済をするに当り時効完成の事実を知らなかったということを主張且立証しない限りは、時効の利益を放棄したものというべきである」とする。 しかし、学説は、判例の結論を是認しつつも、時効完成を知らないからこそ自認行為をしたとみるのが自然なので、判例による推定は事実の蓋然性に矛盾するという理由で、その理論構成を批判した。 (2) 新判例 最高裁は、このような学説の批判を受けて、時効完成後の承認が時効完成の事実を知ってなされたものと推定することは経験則に反するとして、参考判例①を変更しながらも、時効完成後の承認は「時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから、その後においては債務者に時効の援用を認めないものと解するのが、信義則に照らし、相当である」という理由により、「時効完成の事実を知らなかったときでも、爾後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されない」として、旧判例の結論を維持した(参考判例②)。 参考判例②の傍論については、判決文の「時効の援用をすることは許されない」を、「時効援用権は存在するが信義則上それを行使することはできない」という意味ではなく、「時効援用権は失われる」という意味に解し、「債務者は自認行為をした場合には時効援用権を喪失する」という法定ルールを信義則に依拠しつつ創造したという理解が一般的である。その後、再び時効が進行する。これを認めた参考判例③も、時効援用権の存続を認めたもの。 4. 信義則の機能 新たな時効の進行を認めるのは合理的だから、時効援用権は失われるという理解を前提としている。この理解の下では、信義則は欠缺補充機能(根源的機能)を果たしており、事案に直接適用されるのは、信義則ではなく、信義則によって創造された上記の法定ルールである。「時効利益の喪失」という本テーマの表題や、「時効援用権喪失の再抗弁」という(5)の記述は、かかる理解を前提にしている。 しかし、以前から「時効完成後、承認等がなされても具体的妥当性の観点より債務者の救済方法として、承認後の時効援用が信義則に反せず許される場合もありうる」という指摘があったが、近時は、実際に信義則違反を否定して時効援用の再抗弁が覆されている(東京地裁平成7・7・26金監1011号98頁、札幌地判平成10・12・22判タ1040号211頁、東京高判平成11・3・19判タ1045号169頁、福岡地判平成13・3・13判タ1129号148頁、宇都宮地判平成24・10・15金法1968号122頁など)。本問の基になった参考判例④は、参考判例②の引用に向けて、「そうすると、時効が完成した後に、債務者が債権者に対して債務の承認をしたとしても、承認後の具体的的事情を総合考慮して、債務者において、債務の承認が時効の援用をしない趣旨であるとの保護すべき信頼が生じたといえないような場合には、消滅時効を援用することは信義則に反せず、許される」と述べ、事案の具体的解決としても、時効の援用を認めた。 また、2017年の民法改正時には、参考判例②の法明文化が検討されたが、法制審議会では、実際上、時効が完成したことを知らずに債務の承認をさせられたり、時効が完成した債権のうち少額の一括弁済を迫られ、それによって時効援用権を喪失したと主張されたりすることがしばしばあるため、明文化するのであれば、援用権を喪失しないことをすべきである、という意見がむしろ有力であった。他方で、個別の事情に応じた裁判所の判断に委ねるべきだとして、明文化に反対する意見もあり、結局、規定は見送られた。 従来の一般的理解とは異なり、参考判例③のように、信義則違反の有無は個別の事情に応じた裁判所の判断に委ねられるという趣旨に参考判例②を理解する場合には、信義則は、欠缺補充機能ではなく、個別事案に直接適用されることにより、具体的妥当性を図る機能(規範具体化機能)を担う。この場合、(5)以下は、次のように書き換える必要がある。 (5) (4)の抗弁に対して、Xは、Yによる時効援用は信義則に反し許されないという再抗弁を提出することができる。評価根拠事実と評価障害事実を総合的に評価して信義則違反の有無を判断する。 【評価根拠事実】(信義則違反を基礎づける事実) ⓐ YによるXに対する債務の一部弁済 ⓑ Xは、貸金業法の規定を遵守して取り立てにあたっていた。 【評価障害事実】(信義則違反の評価を妨げる事実) ⓓ Yは、生活困窮の状況にあった。 ⓔ Yに、Xを欺罔するなどの悪質な意図はなかった。 ⓕ Xは、Yとの交渉の過程で、本件債務について消滅時効が完成していることを知ったのにもかかわらずYに説明しなかった。 ⓖ Xは、時効の援用を阻止する目的で、Yに対して強圧的言辞を用い、分割弁済である旨を言明して一部の弁済をさせた。 ⓗ Xは、Yに恐喝心を抱かせるような言動をした。 ⓘ Yは、1万円を支払った後は一切支払っておらず、Yには本件債務を任意に履行する意思はなかった。 信義則違反の成否は、評価根拠事実と評価障害事実の総合判断によって決まる。総合判断の枠組みとして、ⓐⓑにプラスのポイントを、ⓓ~ⓘにマイナスのポイントを与え、ⓐ~ⓒの和が一定のポイント以上であれば信義則違反を認める、というモデルが考えられる。しかし数値化は現実的でないので、実際には類似の先例の判断を基点として、それとの比較により結論が導かれる場合が多いと思われる。また、先例がなければ、最終的には裁判官の自由裁量に委ねるしかない。なお、主張された評価根拠事実だけで信義則違反を根拠づけることができない場合は、主張自体失当であるから、評価根拠事実・評価障害事実の立証や総合判断は不要となる。 民法1条2項は、「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」と規定する。これを信義誠実の原則(信義則)と呼ぶ。法解釈方法論の観点からは、信義則の機能について、本来的機能と技術的機能を区別することが重要である。 ●関連問題● (1) 本問において、督促状を受け取ったYが、Xに電話をかけることなく、Xが指定した銀行口座に1万円を振り込んだ場合はどうか。 (2) 本問において、Yが、Xの指定した銀行口座に1万円を振り込む際、本件債務の消滅時効の完成を知っていた場合はどうか。 (3) 関連問題(1)(2)において、2032年の時点で、Yが被後見人であった場合はどうか。 ●参考文献● 広中俊雄「民法第1条の機能」法教109号(1989)10頁 遠藤賢治・百選Ⅰ[第9版](2019)96頁(参考判例②解説) 石松稔・岡山商大論叢34巻2号(1998)1頁

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ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

保証と時効

公開:2025/12/12

2020年4月に、Aは、友人Bから、子どもの進学資金のために貸してほしいと頼まれ、Bに100万円を無利息、1年後に全額を一括して返済する約定で貸し付けた(本件貸付金債権)。Bの兄Cは、Bからの委託を受け、Aとの間で、Bの本件貸付金債権に係る債務を主たる債務とする連帯保証契約を書面で締結した。以上の事実に続いて下記の要望があったとして、各問いに答えなさい。 (1) 本件貸付金債権の弁済期到来後もBからの弁済がないので、Aは、弁済期から3年後に、Cに対して内容証明郵便を送付して支払を請求したところ、Cは1か月後に元本全額を支払うので連帯保証金の支払を免除してほしいと回答した。しかし、その後Cからの支払がないままさらに3年が経過したので、AはCに対して連帯保証債務の履行を求めて訴えを提起した。Cは、本件貸付金債権の消滅時効を援用したうえで保証債務も消滅したと主張して、Aの請求棄却の判決を求めた。Aの請求は認められるか。 (2) 本件貸_付金債権の弁済期到来後も、Aは、Bの事業がうまくいっていないことを知っていたためBに請求をせずにいたが、本件貸付金債権の弁済期から7年後、Cに対して連帯保証債務の履行を請求した。Cは、時効完成を知らずに元本は1か月後に全額支払うので連帯保証金の支払を免除してほしいと回答した。その翌月もCからの支払がないので、AはCに対して連帯保証債務の履行を求めて訴えを提起した。Cは、本件貸付金債権の消滅時効を援用したうえで保証債務も消滅したと主張して、Aの請求棄却の判決を求めている。Aの請求は認められるか。 (3) (2)において、CはAの請求に応じて全額を支払った。これについてCがBに求償した場合、Bはどのように反論しうるか。 ●解説● 1. 保証債務の消滅時効の基本的考え方 (1) 保証債務の別個性と付従性 保証債務は主たる債務と別個の債務であるため(保証債務の別個性)、保証債務の消滅時効は、主たる債務の消滅時効とは別に進行して完成するというのが原則である。他方で、保証債務は主たる債務に付従するため、主たる債務が消滅すると保証債務も消滅する(消滅における付従性)。保証債務の消滅時効の問題は、これら2つの性質に加えて、主たる債務とその履行の担保を目的とする保証債務の内容が実質的に重なり合っていることも考慮に入れて、検討されなければならない。 (2) 時効の起算点と時効期間 債権の消滅時効については、「債権者が権利を行使することができることを知った時」(主観的起算点)から5年間の短期時効と、「権利を行使することができる時」(客観的起算点)から10年間の長期時効の二重の時効制度が採られている(166条1項)。期限の定めのある契約上の債権については、債権者が期限を知っているのが通常であるため、これら2つの起算点が事実上一致する。したがって、主観的起算点から5年の経過によって消滅時効が完成する(同項1号)。 保証債務の弁済期は、保証契約において特に定められていない限り、主たる債務の弁済期と同時期に到来すると考えられる。主たる債務が期限の定めのない債務である場合、保証契約締結時に既に発生しているものであれば、保証債務の弁済期も保証契約締結時に到来する。 (3) 時効の援用 保証人は、保証債務の時効の援用権を有する者はもちろん、主たる債務の時効が完成すると、主たる債務者の時効に対する援用とは無関係に、主たる債務の時効を援用することもできる。保証人は、主たる債務について「権利の消滅について正当な利益を有する者」として、「当事者」に含まれるからである(145条)。 保証人が主たる債務の時効を援用すると、債権者と保証人との間において主たる債務が消滅し、付従性によって保証債務も消滅するが、債権者と主たる債務者との関係においては主たる債務は存続する(援用の相対効)。したがって、債権者には、保証債務のない主たる債務に係る債権のみが残ることになる。これに対し、主たる債務の権利義務の当事者である主たる債務者自身が主たる債務の時効を援用する場合には、主たる債務は債権者と保証人との間でも絶対的に消滅し、保証債務も付従性により消滅するため、保証人による時効の援用は問題とならなくなるというのが、現在の通説的理解である。 2. 主たる債務の時効完成前における保証人の承認と主たる債務の時効の更新 (1) 保証債務の承認 保証人が時効期間満了前に「保証債務」を承認した場合、保証債務の時効は更新される(152条1項)。しかし、承認による時効の更新は、更新事由が生じた当事者およびその承継人の間でしかその効力を生じないので(153条3項)、保証債務の時効が更新されても、これによって主たる債務の時効が更新されることはない。連帯保証債務が承認によって更新された場合も同様である(458条・441条本文参照)。 なお、主たる債務について、履行の請求その他の事由によって時効の完成猶予および更新が生じると(147条〜152条)、主たる債務の時効が更新されれば保証債務にも及ぶが(457条1項)、これは、判例は付従性の帰結として説明するが(最判昭和43・10・17刑時34巻5号頁)、通説的理解によれば、債権の担保を確保するという政策的・便宜的配慮から、主たる債務よりも保証債務が時効消滅しないように時効の完成猶予および更新の範囲を拡張したものである。実質的には、主たる債務について債務の履行催告等による時効障害事由が生じた以上、その担保である保証債務については同様の措置をとらなくてよいので、債務者の帰責管理上の負担が軽減されている。これに対し、「履行の請求その他の事由」(457条1項)によらない絶対的相対権思想の完成猶予(138条〜161条)については、民法下の解釈を前提にすると、民法457条1項が適用されないので、債務ごとに完成猶予事由の有無を判断することになる。 (2) 保証人による主たる債務の承認の可否 保証人が時効期間満了前に「主たる債務」を承認することによって、主たる債務の時効も更新するだろうか。承認は相手方の権利の存在の事実を認めさえすればよいから、承認をするには、相手方の権利を処分する効力や権限(152条2項)は必要としない。しかし、相手方の債務の承認は自己の権利の保存または利用(管理行為)に当たるため、管理能力・権限が必要である。 主たる債務について権利義務の当事者でない保証人は、管理能力・権限を有しないため、主たる債務を承認してもその存在に関する蓋然性は生ぜず、主たる債務の時効は更新されない(参考判例①)。もっとも、保証人が主たる債務を相続した場合において、主たる債務者兼保証人の地位にある者が主たる債務を相続したことを知りながらした弁済は、これが保証債務の弁済であっても、債権者に対して主たる債務を承認した包含しており、特段の事情のない限り、主たる債務者による承認として主たる債務の時効が更新される。主たる債務者が保証人の地位にある個人が、両地位にある者が異なる行動をすることは、想定しがたいからである(最判平成29・9・12民集67巻6号1356頁)。 3. 主たる債務の時効完成後における保証人の時効利益の放棄・承認の効果 (1) 保証人による「主たる債務」の時効利益の放棄 主たる債務の時効完成後においては、保証人は、「保証債務」の時効利益を放棄することもできるし(145条)、時効利益を放棄することもできる。他方で、主たる債務者は、自らの負担する主たる債務の時効を援用することも放棄することもできる。 時効利益の放棄の相対効により、主たる債務者が時効利益を放棄した場合であっても、保証人は主たる債務の時効を援用することができる(大判昭和6・6・4民集10巻401頁)。この場合、前述(1)のように、債権者には、保証債務のない主たる債務に係る債権のみが残される。反対に、保証人が主たる債務の時効利益を放棄した後も、主たる債務者が主たる債務の時効を援用することもできる。この場合にも、主たる債務の消滅(絶対効)に消滅って保証債務も消滅するというのが付従性からの素直な帰結である。しかし、学説では、付従性の原理を重視して帰結を支持する見解と、主たる債務の時効を放棄した保証人と主たる債務者との間の求償を巡る利害調整の観点から、主たる債務の時効を放棄した保証人は、主たる債務の時効を援用できないとする見解、保証人の「主たる債務」の時効利益の放棄の意思表示を解釈し、①主たる債務者の時効の利益を援用しないという意思の表明と、②主たる債務者の承認が時効完成したことを清算したうえで弁済するといった意思の合致と解釈する見解とに分かれている。 (2) 「保証債務」の時効利益の放棄・承認の効果 保証人が「保証債務」の時効を放棄した後、自ら「主たる債務」の時効を援用することができるかについても問題となる。これは、これを肯定する(前掲・大判昭和7・6・21)。主たる債務の時効完成後に保証人が保証債務を承認した後で、主たる債務の時効を援用した場合、保証人は主たる債務の時効完成を理由に保証債務の履行を拒絶できるとされている(大阪高決平成10・4・10民集40巻3号79頁)。もっとも、保証人による保証債務の時効利益の放棄の意思表示の中に主たる債務の時効利益の放棄の趣旨が含まれることがある場合には、そのように解釈する。主たる債務の時効を援用することができ、その趣旨に付従性によって保証債務の時効を援用することは、信義則でないことになろう。 小問(2)では、CはBの主たる債務の時効に対する意思が定まっていない間に、弁済期到来を知らずにAに対して保証債務の一部免除と弁済の猶予の懇願(自認行為)をしており、判例の考えによれば、これによって保証債務の時効の援用権を信義則上喪失しているところ(前掲昭和41・4・20民集20巻4号702頁参照)、主たる債務の時効を援用し、その履行の拒絶を主張して保証債務の履行を拒絶できるかが問題となる。 この問題は保証人が保証債務を一部履行した場合に主たる債務の時効完成を理由に、主たる債務の時効消滅による保証債務の履行拒否をすることが、信義則に反するか否かにかかわらず保証債務を履行する趣旨に反するものでないかという問題である。このような考え方を手がかりに考察すると、保証債務については時効利益を放棄していないとして、主たる債務の時効利益の放棄の効果も意思を及ぼすものではないというのである。 もっとも、保証人が、主たる債務の時効の完成の事実を知らなくても、保証債務者がその債務を承認したという事実を知りながら保証債務を承認した場合には、判例によっても、保証人がその承認に主たる債務の時効を承認することは義則上許されないとされている(最判昭和44・3・20判時557号237頁)。 小問(3)においては、保証債務の時効援用権の主張の放棄、保証人が主たる債務者の時効完成後に、保証人が主たる債務者が時効を援用しない段階で保証債務を履行した場合において、保証人は主たる債務者から求償を受けることができる。

民法1

ISBNコード: 978-4-7857-2991-2